電車に飛び込み自殺した場合、遺族の損害賠償義務はどうなるか?

家族が自殺してしまうと、遺族は大きな心痛に見舞われます。

電車への飛び込み自殺や人身事故で、鉄道会社から多額の賠償請求をされる可能性があることはお聞きになったことがあるのではないでしょうか。実は、自殺した家族が、他人に迷惑をかける方法で自殺してしまうと、遺族はその損害賠償債務まで相続してしまう可能性があります

家族が自殺や人身事故で亡くなったうえに、損害賠償まで背負わされてしまったら、遺族は立ち直れないほどのダメージを負ってしまうえしょう。そのため、適切な対処法を知っておく必要があります。

この記事では、人身事故や飛び込み自殺で他人に損害を与えた場合の損害賠償責任と、相続にまつわる問題を解説します。

1.鉄道人身事故の現状と損害賠償

電車への飛び込み自殺は、鉄道会社に与える影響が大きくなり、場合によっては、多額の損害賠償責任が生じます。

最初に、鉄道人身事故の現状と、なぜ損害賠償金が発生するのかをご説明します。

1-1.鉄道人身事故の現状

鉄道の人身事故の件数は、2010年から、少しずつですが、減少傾向にあり、2022年では932件となっています。

一方、死亡事故の件数は、22014年と20217年には若干増加しているものの、全体を通してみると横ばいであり、2022年では492件となっていて、毎年、多くの事故が発生していることがわかります。

鉄道人身事故件数推移

※グラフは、「鉄道人身事故データベース」のデータを基に作成しています。

1-2.鉄道の人身事故と損害賠償

鉄道会社は、飛び込み自殺を初め、踏切への無理な侵入、泥酔や喧嘩による線路への転落などの人身事故により、鉄道の遅延や、振り替え輸送、車両や線路への損害、それらに対応するための人件費といった損害を被ります。

こうした故意または過失による人身事故事故は、民法の「不法行為」に該当します。

不法行為とは、故意または過失によって、他人の権利を侵害する行為のことで、これにより、他人に損害を生じさせた場合には、賠償する責任が発生します(民法709条)。

意図的ではなく、無理に侵入した踏切り事故などで不幸にして亡くなったとしても、損害賠償請求される可能性はあります。

ただし、鉄道会社も社会的なイメージを考慮して、全ての自殺、人身事故について損害賠償を請求しているわけではありません。また、示談が成立することも多いため、訴訟に発展することも少ないのが現実です。

2.電車への飛び込み自殺

2-1.飛び込み自殺は「不法行為」になり損害賠償責任が発生

電車への飛び込み自殺も、もちろん故意による人身事故に相当し、民法の「不法行為」に該当します。

したがって、飛び込み自殺は、鉄道会社から損害賠償請求を受けるおそれがあります。さらに、飛び込みによって乗客が死傷すると、乗客側からも賠償金を請求される可能性があります。

2-2.飛び込み自殺の賠償金の相場はいくらくらい?

損害賠償請求金の内訳には、電車の遅延による乗客への払い戻し、振替輸送代、線路や車両の修理費用、清掃等で対処に必要な人件費などを挙げることができます。

ただし、飛び込み自殺によって大幅な遅延が発生したとしても、請求される額は、数百万から数千万円前半であることが多いようです。

金額はラッシュ時か人の少ない時間帯かによっても変わりますが、基本的に、請求は億を超えるほどの高額になることは多くありません。億単位での請求はあくまで噂であり、実際に請求されることは稀です。

2-3.損害に対する賠償金は誰が払う?

損害に対する賠償金は、本来、損害を与えた人が支払い義務負います。

しかし、本人が亡くなっている場合には、損害賠償債務が相続人に相続されることになるため、実際に支払うのは、飛び込み自殺した方の相続人となる家族となります。

損害賠償債務は、相続開始と同時に、すべての相続人がそれぞれの法定相続分の割合で負うことになり、そのまま相続してしまうと、莫大な額の債務を負うことになってしまいます。

3.賠償金を相続したくなければ相続放棄が選択肢

3-1.高額な損害賠償請求には相続放棄が選択肢

損害賠償債務が高額で、遺産による支払いが難しい場合には、相続放棄を検討することになります。
相続放棄をすれば、資産も債務も全て相続する必要がありません。預貯金や家など遺産を相続しないかわりに、損害賠償債務も相続せずに済みます。

相続放棄は相続人1人ですることができますが、家庭裁判所での手続が必要です。

また、相続人の1人が相続放棄すると、その相続については最初から相続人でなかったものとみなされるため(民法939条)、他の相続人の賠償額が増えることになります。円満解決のためには、他の相続人に、自分が相続放棄したことを伝えたほうが良いでしょう。

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3-2.相続放棄の期限|3ヶ月の熟慮期間

相続放棄には「自分が相続人となる相続の開始があったことを知ったときから3ヶ月以内」という期限があります(民法915条1項)。

この3ヶ月間のことを「熟慮期間」と言い、期限を経過すると原則として相続放棄できなくなってしまいます。

4.介護者に賠償義務が発生することもある

4-1.介護者や親権者の損害賠償責任

実は、相続人以外にも、12歳程度までも子供の親権者である親や、認知症患者などの介護者は、損害賠償責任が発生する可能性があります。

事理弁識能力がないと言われる12歳程度までの子供や、認知症などを患い判断能力を失った者は「責任無能力者」と解され、損害賠償責任を負うことがありません(民法713条)。その代わり、このような「責任無能力者」が損害を発生させると、その監督義務者が賠償責任を負うことがあります(民法714条1項)。

介護者や親が損害の賠償を請求をされると、相続人ではないため、相続放棄するといった手段が取れません。どうしても支払えないとなれば、自己破産も視野に入れなければなりません。

難しい判断になるため、自分1人で解決しようとせず、弁護士に相談することをお勧めします。

4-2.JR東海認知症事件(最高裁平成28年3月1日判決)

ここで、介護者の損害賠償責任について、JR東海と認知症の男性との事件についての最高裁判所の平成28年3月1日の判例をご紹介します。

2007年12月7日、同居していた妻(当時85歳)が居眠りをした隙に、認知症である男性(当時91歳)が家から出て、フェンスの扉を開けて線路に入ってしまい、JR東海の列車に衝突して男性は死亡してしまいました。

横浜に住んでいた長男が、介護方針を決めていたことから、JR東海は、妻と子の両者に監督義務があったとして、振り替え輸送費など、720万円を請求し、第一審では全額の支払いを命じました。

しかし、2016年3月1日、最高裁は、次の理由から2人には損害賠償義務はないという判決を下しました。

  • 妻は高齢で要介護1の認定を受けていたことから、監督が可能であったとはいえない
  • 長男も遠方で20年以上別居しており、監督が可能であったとはいえない

このケースでは、最終的には、2人とも損害賠償義務はなくなりました。

ただし、この判例では、介護する側の賠償責任は、生活状況や介護状況などを総合的に考慮して決めるべき、という趣旨が述べられていることから、状況によっては介護者も責任を負うことがある、ということです。

2025年には、高齢者の5人に1人が、認知症になると言われています。人ごとではありません。

4-3.監督義務者を補償対象に追加した保険も

こうした事例を受け、「個人賠償責任保険」を拡充している損害保険会社もあります。個人賠償責任保険とは、他人を傷つけたり、物を壊したりして加入者やその家族が損害賠償責任を負った場合に、その損害を補償する保険です。火災保険や傷害保険、自動車保険などの特約となっていることが多くなっています。

東京海上日動火災保険、損保ジャパン日本興亜では、特約を改訂し、認知症患者の監督義務者を補償対象に追加しており、三井住友海上火災保険や、あいおいニッセイ同和損保には、認知症患者の一定の損害を賠償する特約があります。

ご自分が加入する自動車保険などの約款で特約を確認してみる、保険会社に問い合わせてみるといった価値はありそうです。

5.家族が飛び込み自殺をしてしまったら、どうすればいい?

万一ご家族が電車に飛び込み自殺をしてしまったら、どうすれば良いのでしょうか?

5-1.損害賠償を請求された場合の対処法

まず、鉄道会社や依頼を受けた弁護士から、損害賠償請求があるかどうかを確認しましょう。損害賠償請求は、内容証明郵便等で届くこともあります。

損害賠償請求をされた場合には、賠償額を確認をし、相続財産で支払えるかどうかを調べます。

基本的に損害賠償金は、全額現金で支払うことになるため、支払いが可能であれば、現金を用意しなければなりません。しかし、亡くなった方の銀行口座は凍結されるため、急いで遺産分割協議を成立させて、口座の凍結を解除してもらう必要があります。

一方で、支払いが不可能な場合は、相続放棄を検討します。

5-2.弁護士に相談を

実際のところ、ご家族の突然の死で、悲しみが癒えず、遺品の整理や、相続手続きも必要な中で、損害賠償請求に対応するのは、非常に辛いのも事実です。相続財産に不動産や有価証券などがあれば、売却の検討も必要になり、実際に売却するとなれば、相続手続きから始めなければなりません。

冷静な判断でこれらの手続きを行うことは、辛い作業になるでしょう。弁護士に相談したほうが良いかもしれません。弁護士は、遺族の代わりとなって、それぞれの手続きや対応をしてくれるからです。

まとめ

ここまで見てきたように、家族が飛び込み自殺や、故意や過失のある人身事故で亡くなると、鉄道会社等から損害賠償請求を受ける可能性があります。
その賠償責任は相続されるため、実際に賠償金を支払うのは相続人になります。

鉄道会社からの損害賠償金は、高額で支払いが難しいことが多く、相続放棄をするかどうかも、家族の事情などにより難しい判断になります。

一度弁護士にご相談されることをおすすめします。

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