配偶者の相続改正案:居住権と婚姻歴20年以上の住宅贈与

シニア 夫婦

1. 相続法改正における配偶者の相続優遇案の経過

平成27年4月、民法の相続編改正のための部会による調査審議が開始されました。その後、平成29年1月24日までに17回の審議が行われています。また、平成28年6月21日に中間試案が発表後、28年7月〜9月には広く国民の意見を聞くためのパブリックコメントも実施されました。現在、中間試案とパブリックコメントの結果を勘案した結果に基づき、改正案への一定の方向性が導き出されています。最近では、法定相続分の引き上げについて「現実的でない」とする発表がなされ、引き上げを行わない方向で目処がつきました。これ以外にも、「持戻し免除の推定規定案」など新たな改正案が法務省と法制審議会 民法(相続関係)部会により示されています。

では、具体的な内容をみていきましょう。

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1-1.これまでの背景・経緯

現在、民法の相続編における大きな改正が審議されています。民法における相続法制度の改正は昭和55年が最後です。その当時と比べると、国民の意識や生活実態も変容しているのは明らかです。また、高齢化社会の進展もあります。このような時代の変化の中、現行の相続制度では「現代社会や国民の生活の実態に合致しない」という不便が生じています。
これを解決するため、今回の改正が行われることになりました。具体的にいうと、現代社会や国民の意識に合わせた制度に抜本的改正が始まったということです。

今回の審議では、配偶者の生活保護の観点から、「配偶者の居住権の創設」と「法定相続分の引き上げ」についての案が議題に上がっていました。これについて、一定の進展があったため、以下この2点につき詳しく解説したいと思います。

2.「配偶者の居住権」規定の新たな創設

今回の改正の重要な議案の1つとして加えられたのが、「配偶者の居住権」についてです。

これまで民法では、被相続人(相続される側)が亡くなった場合の配偶者の居住権については何も規定していませんでした。その結果、これまで何十年も一緒に居住していた配偶者が、他の相続人に家を明け渡さなければいけない事態が発生しています。このような事態を解消し、配偶者の居住権や生活を保護するため、解決の糸口として検討されているのが、「配偶者の居住権の創設」です。これには「短期居住権」と「長期居住権」の2つの具体案が示されています。

2-1.短期居住権:相続開始後約6ヶ月間の居住権を確保

短期居住権とは配偶者が相続開始時に被相続人の建物を無償で使用(居住)していた場合に、遺産分割までの間、無償使用ができる」とする制度です。この制度の創設により、配偶者の従前の生活状態が一時的に保護されることになります。簡単にいうと、被相続人が亡くなった後も、いきなり家から追い出される事態を防ぐことができるということです。短期居住権制度については、概ね創設する方向で意見が一致しており、パブリックコメントでも居住者の生活の安定が図れるとして、賛成が多数でした。

短期居住権の具体的な存続期間については、審議中ですが比較的短期間となりそうです。具体的期間の提案として、6ヶ月が妥当とするものや、1年が必要とするパブリックコメントの意見もありました。この点については、抵当建物使用者の引渡しの猶予が定められている民法395条と同様に考え、相続開始時を起算点とし6ヶ月間を存続期間とするのが妥当として提案がなされています。

このように、短期居住権については、概ねまとまりつつある状況です。細かい点については、未だ議論が続いていますが、創設が決まれば配偶者優遇措置の一助となるといえるでしょう。

2-2. 長期居住権:長期間の居住権を確保

2-2-1. 一生または数十年の居住権

長期居住権とは配偶者が相続開始時に被相続人の所有建物に居住していた場合、一定の場合に、長期居住権を認めるとする制度です。これを制度として相続法上規定することにより、居住者の生活の保護をさらに強化することができます。簡単にいうと、短期居住権のように半年などの短期間ではなく、一生、あるいは数十年単位で居住権を認めて生活を保護しようということです。

長期居住権の具体的期間については、終身または一定期間として検討されていますが、使用対価については、賃貸借契約なのか一括払い方式をとるのかなど権利内容が不確定と指摘されてきました。この点、部会審議では、最終的に一括払い方式が妥当との方向性が出たようです。

2-2-2. パブリックコメント後の改善案

長期居住権のパブリックコメントでは賛成と反対が拮抗しており、さまざまな問題点が指摘されました。

例えば、どのような場合に長期居住権が成立するかを定める成立要件については、以下のような指摘がありました。

(1)「審判が確定した場合」とする要件

審判で配偶者に長期居住権が認められた場合、所有権を有する他の相続人と紛争になる可能性がある。この場合は、共有持分権によって解決する方が妥当ではないか。

(2)「長期居住権を取得させる意思で分割方法の指定をした場合に認める」との要件

贈与や遺贈だけでなく遺産分割方法の指定も含まれているが、遺産分割方法の指定の場合、相続そのものを放棄しない限り居住権を放棄できなくなってしまい、かえって配偶者の保障を弱めてしまう。

これらについては、パブリックコメント後の審議会において、(1)については、「所有者の意思に反しない場合に限るなどの限定を設ける」こと、(2)については、「被相続人が長期居住権を取得させる意思の場合、遺産分割方法の指定は除外し、中間案から削除とする」ことで対応するとして、結論されました。

改案された成立要件の内容は、以下の通りです。

  • ①遺産分割において配偶者に長期居住権を取得させる旨の協議が整った場合、又は審判が確定した場合に長期居住権が成立。
  • ②①の審判については、配偶者が希望した場合であっても、所有者が反対の場合は、配偶者の生活維持のために特に必要と認められた場合にのみ審判が可能。
  • ③長期居住権を取得させる意思で遺贈をし、被相続人が死亡した場合に長期居住権が成立(分割方法の指定の場合は含めない)。
  • ④死因贈与で長期居住権を取得させる意思があり、被相続人が死亡した場合に長期居住権が成立。

このように、問題の多かった長期居住権取得制度の中間試案ですが、改善案によりある程度落ち着いた方向性にまとまっています。もっとも、審議は継続中ですので、今後も注視していく必要があるでしょう。

3.配偶者の相続分

3-1.法定相続分の2/3への引き上げ案はなし

今回の完成案では、法定相続分の引き上げも検討されています。現行法上の法定相続分は、子と配偶者だけが相続人となる場合においては1/2(民法900条1項1号)、配偶者と親が相続人となる場合には2/3(同法900条1項2号)と規定されています。

これについて今回の改正審議では、配偶者の優遇をさらに強め、子と配偶者のみが相続する場合に2/3 の法定相続分に改正しようという案が上がっています。もっとも、この案には、絶対に引き上げなければならない根拠に乏しいこと、内縁の妻との不公平格差が広がるとの指摘があり、パブリックコメントでも反対が多数という結果になりました。そして、最終的には、「現実的に困難である」と判断が出されました。

このように、現状では「配偶者の法定相続分の改正は行わない」という結論に至りました。もっとも、配偶者の生活保障が必要であることはパブリックコメントの結果でも明らかであったことから、新たな策が提案されています。

3-2.結婚20年以上の配偶者に対する住宅贈与

3-2-1.通常は特別受益の持戻し

パブリックコメントの結果から、法定相続分の引き上げについては否定的な見解が目立ちましたが、配偶者の生活保障が必要であるとの意見は多数で一致していました。そこで提案されたのが、配偶者に対する「持戻し免除意思表示についての推定規定」の創設です。

現行法上、配偶者に対する生前贈与は特別受益として持戻しの対象(民法903条1項)となる(※)ため、配偶者は被相続人の持ち戻し免除の意思表示(同法903条3項)がない限り、法定相続分以上の財産を得ることができません。そのため、生前贈与で法定相続分を上回る財産を譲り受けたとしても、上回った部分は取得できないという実情があります。これは、配偶者の生活の安定という観点から考えた場合に問題です。

※特別受益の持戻しとは、生前贈与や遺贈を特別受益として認め、具体的相続分の算定に含ませるということです。

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3-2-2.持戻し免除の推定規定の創設

これを解消するため、新しい改正案では、「結婚20年以上の配偶者」であり、「居住用の建物の贈与」があった場合は、民法903条の3項の「持戻しの免除の意思表示があったと推定」する規定を設けることが提案されました。これは贈与だけなく、遺贈も対象としています。この推定規定により、残された配偶者はより多くの財産を取得でき、配偶者の生活保障につながることになります。

また、現行法上、相続税制上の制度として、配偶者に対する贈与税の特例という制度があります。この制度は、夫婦間における贈与という考えが希薄であることや配偶者の老後の生活保障を考えて贈与されることが多いことを理由とし、税制上の優遇制度を設けています。今回の改正案はこの相続税制上の考えにも合致するものであり、仮に本制度が成立した場合には、この特例と相まって、配偶者の生活保護をさらに実行化することが可能となるでしょう。

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このように、法廷審議会において、法定相続分の引き上げに代わる案が提案されました。法定相続分の引き上げは「現実的ではない」と結論付けましたが、「持ち戻し免除の推定規定の創設」案は、法定相続分の引き上げ提案の目的であった配偶者の生活保障の拡大を可能にする解決策といえるでしょう。

4.配偶者の生活保障の確保という点に一定の成果あり

配偶者の居住権については、パブリックコメントにおいてたくさんの問題点が指摘されましたが、一定の方向性はできたといえます。また、法定相続分の引き上げによる配偶者の生活保障は今回の改正では実現しませんでしたが、持戻し免除の推定規定の創設という解決策により一定の成果がでたといえるでしょう。このほかにも相続分野では、遺産分割方法の変更や遺言制度の見直しについて審議が継続されているため、今後の行方を注視していきたいところです。

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執筆
服部 貞昭(はっとり さだあき)
CFP(日本FP協会認定)、2級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)
ベンチャーIT企業のCTOおよび会計・経理を担当。
税金やお金に関することが大好きで、それらの記事を1000本以上、執筆・監修。
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