成年後見人の仕事内容のすべて:心構えから就任・終了まで

(長文ですので、じっくりとお読みください。)
ある人が認知症になってしまい物事を判断できなくなってしまった場合、その人の財産を管理するためには成年後見人を立てることになります。成年後見人には、弁護士・司法書士・社会福祉士などの専門家がなることが多いですが、配偶者・親・子・兄弟姉妹などの親族の割合も29%となっています(出典:平成27年度の最高裁判所事務総局家庭局発表のデータ)。また、「市民後見人」といって専門家でも親族ではないが、成年後見制度に対して知識や技術を身に付け、他人の成年後見人になることを希望してなる人もいます。その割合はまだ1%以下と非常に少ないですが、これから需要が増していくでしょう。
現在すでに65歳以上の7人に1人が認知症ですが、2025年には5人に1人が認知症になると予測されています。認知症の方の急増に伴って成年後見人も増えていくでしょう。ただ、弁護士・司法書士・社会福祉士などの専門家の人数には限りがありますので、親族や一般市民が成年後見人になるニーズが今後増えていきます。
もしかしたら自分の親や兄弟が認知症になって成年後見人になるかもしれませんし、友人・知人が認知症になってしまう、あるいは認知症の方の成年後見人になるというケースも多くなっていくでしょう。そんなとき、成年後見人がどんな仕事をするのか知っておくと何かと役立つと思います。
そこで、成年後見人になったどんな仕事をするのか、どんなことに気をつければ良いのか、実例を交えながら詳しく解説していきます。
なお、成年後見人の申立て方法については下記を参照ください。
【参考】成年後見人の権限&申立手続き&費用はいくら? 申請までのパーフェクトマニュアル!
成年後見人の仕事の流れ
家庭裁判所の審判 | |
▼ | (約2週間) |
審判確定 | ・審判書受領 ・成年後見人の職務に関する内容等受領 |
▼ | (成年後見登記に約2週間) |
最初の仕事(就任時) | ・登記事項証明書の取得 ・財産の調査 ・金融機関・各官庁への届け出 ・収入支出の把握 ・裁判所への報告 |
▼ | |
通常の仕事 | (1)財産管理事務 ・預貯金の入出金チェックと必要な費用の支払い ・不動産の管理 ・株式、有価証券の管理 ・税金の申告・納税 ・居住用不動産の処分等 (2) 身上監護事務 ・医療・介護サービスの契約 ・住居の確保 ・施設の入退所・処遇の監視 (3) 家庭裁判所への報告 |
▼ | |
最後の仕事(終了時) | ・財産目録の作成 ・成年後見終了登記 ・財産の引き渡し ・家庭裁判所への終了報告 |
成年後見人としての心構え
成年後見制度は本人のためにある
突然、かたい内容で申し訳ありませんが、まずは、成年後見人は誰のために仕事をするのかをよく理解する必要があります。
成年後見制度は、物事を判断する能力を失ってしまった「本人のため」の制度です。自分で財産を管理する能力を失っていますので、成年後見人が本人の代わりに財産管理をします。必要であれば家庭裁判所の許可を受けて本人の財産を売却したりできますが、それは必ず本人の利益になるものでなければなりません。
成年後見制度は周囲の家族のための制度ではないのです。よくある勘違いとして、たとえば、認知症の親の銀行口座からお金を引き出して使いたいから成年後見人になりたいという要望がありますが、それは本人の財産をただ減らすだけですので家庭裁判所から許可されません。仮に本人が正常だったらお金を贈与してくれるような状況であったとしても、成年後見制度を利用して本人のお金を引き出して自分の用途に充てることはできません。
むしろ、成年後見を適用すると本人の財産をしっかり管理して毎年家庭裁判所に報告をしなければならなくなります。電気・ガス・水道などの領収書もきちんと取っておき年間の収支を間違いなく報告します。つまり、後見人になると逆に負担が増えてしまうのです。この点をよく理解したうえで、後見制度を利用する必要があります。
というと、本人の財産に全く手をつけられなくなるように感じられるかもしれませんが、財産を残すことが目的ではなく、本人のために財産を適切に使うことが目的ですので、本人の利益になる内容であれば使うことができます。たとえば、本人が住んでいる家の修理が必要であれば費用をかけて修理することは正当な範囲です。あるいは、長らく空き家で無駄なコストばかりかかっている家・土地を売却することも妥当です。
本人の財産と自分の財産を区別すること
成年後見人はボランティアではなく、家庭裁判所の許可を受けて選任され、希望すれば報酬をもらって仕事を行うのですから、プロ意識が必要です。民法859条に規定されてる通り、成年後見人の主な業務は、本人の財産管理であり、本人の財産と自分の財産を明確に区別する必要があります。
民法第859条
後見人は、被後見人の財産を管理し、かつ、その財産に関する法律行為について被後見人を代表する。
後で返せばいいやと考えて本人の銀行口座からちょっと引き出して自分の買い物に使うというようなことがあってはなりません。会社の経理を担当したことがある人なら経験済みでしょうが、会社の財布と自分の財布を必ず分けているはずです。そして、会社の財布を管理するのであれば1円も間違えないように心掛けるはずです。このように、後見人は本人の財産を自分の財産と明確に分けてしっかり管理しなければなりません。それができないのであれば後見人になる資格はないと言えます。
この点で特に問題となるのは、同居していた配偶者・子供などが後見人になった場合です。今まで夫婦・親子として特別な信頼関係の中で生活していたので、相手のお金をちょっと使っても許されるということもあったでしょう。しかし、成年後見人になると、完全に第三者的な立場で公明に仕事をする姿勢が求められるのです。悪気がなくても誤って本人の財産を自分のために使ってしまったりすると、最悪の場合、業務上横領罪で刑事告訴され懲役刑となる場合もあります。最近は厳しくなっており、実際、刑務所に収監された人もいます。
ですので、「私はお金の管理が苦手だ」とご自分で認識されている方は、後見人になることは避けたほうが良いでしょう。
本人の意思の尊重
本人が物事を判断する能力がないとはいっても、すべての能力がなくなってしまったわけではありません。財産管理など難しい内容は判断できないかもしれませんが、食事をしたり散歩をしたりなど日々の日常生活については大丈夫なことがほとんどです。
成年後見人は、本人に残っている能力を最大限に引き出し、本人の考え方や想いをくみ取り、本人の意思を最大限に尊重する必要があります。本人の代わりに何でもやるというのではなく、本人が安心して生活していくために「不足する部分を補ってあげる」という意識が大切です。
ですから、成年後見人が本人の代わりに判断する際には、自分の考えで行うではなく、本人の意思や性格や以前の行動パターンから総合的に判断し、もし本人に判断能力があればきっとこうするだろうという推測のもとで判断します。また、それが難しければ、社会的な慣習、良識をもとに判断することになります。
決して後見人の考えで判断してはならず、本人の意思を尊重して判断します。
本人の身上配慮義務
成年後見人の仕事には、財産管理や療養看護、本人の身守りなどがありますが、いずれも、本人の心身の状況や生活状況に配慮したうえで行う必要があります。これを「身上配慮義務」といい、民法第858条に定められています。
第858条
成年後見人は、成年被後見人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を行うに当たっては、成年被後見人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない。
なお、身上配慮義務は身上監護義務ではありませんので、成年後見人が直接、本人の介護をしなければならないわけではありません。本人の介護が必要な場合、介護してくれる人や適切な介護施設を探して介護を依頼するところまでは義務を負いますが、実際に介護をするのは別の人や介護施設になります。これは、弁護士や司法書士が介護のスペシャリストでないことから見てもおわかりでしょう。
成年後見人の最初の仕事(就任時)
(1) 確定まで
成年後見の申し立てから選任までの流れについては、別に詳しく解説していますので、ここでは、成年後見人になる人の視点で概要のみ記します。
成年後見を家庭裁判所に申し立て、審判がなされ後見人が選任された後、告知と呼ばれる2週間の期間があります。この間は、もし異議がある人がいれば異議を申し立てることができますが、後見人は対外的にはまだ何の業務もできません。
異議がなければ成年後見の審判が確定します。そして、家庭裁判所から成年後見人に、審判書と、成年後見人の職務に関する内容および財産目録記入用紙等が送られてきます。
審判確定後、家庭裁判所から法務局に審判の内容が通知され、登記ファイル(コンピュータシステム)に審判の内容が記録されます(成年後見登記)が、確定からだいたい2週間かかります。審判からはだいたい1ヶ月かかると考えて良いでしょう。成年後見登記が完了すれば、晴れて成年後見業務ができるようになります。
(2) 登記事項証明書の取得
まず、成年後見人の登記事項証明書を取得します。これは後見人の仕事をするための身分証明書のようなものです。金融機関等に届出をするのに必要ですので、必要な枚数を取得しておきます。1通の取得に当たり550円の収入印紙が必要です。
窓口で申請する場合には、東京法務局後見登録課または全国の法務局・地方法務局の戸籍課の窓口に提出します。
郵送で申請する場合には、法務省HPで申請用紙を取得して記入し、返信用封筒と本人確認書類、収入印紙を同封して、東京法務局へ提出します。
(3) 財産の調査
家庭裁判所へ提出する財産目録の作成に当たって、本人の財産を調査します。後見監督人が選任されているときは、監督人の立会いのもとに調査を行います。
①不動産
法務局で不動産の登記簿謄本(全部事項証明書)を取得し、権利証の内容と照合しておきます。2006年(平成18年)からはオンライン登記制度が整い権利証に代わって登記識別情報が発行されるようになっています。権利証または登記識別情報は非常に大切な書類ですので、銀行の貸し金庫等に保管すると良いでしょう。
②銀行、郵便局の預貯金、借入金
金融機関等には成年後見人になったことを届け出る必要があります。成年後見人就任の日を基準日として残高証明書を取得します。残高証明書と預貯金通帳を確認し、紛失している通帳があれば再発行の手続きをします。
借入金があれば、その借入先、借入日、金額、利息、返済方法、返済状況、担保、保証人等を把握し、今後の返済の対応をします。
③株式、有価証券
証券会社に成年後見人になったことを届け出ます。取引照会を行って株式等の内容を確認します。
④車、動産
車があれば自動車検査証を確認します。書画骨董品など高価な動産があれば確認します。
⑤保険
保険契約をしていれば、保険証書を確認し、保険会社、保険の種類、詳細内容、被保険者・受取人等を把握します。
(4) 金融機関・各官庁への届け出
成年後見人になったことを、銀行、証券会社、年金事務所、税務署等に届け出ます。その際、今後、書類を後見人の住所に送るように依頼しておきます。本人が誤って書類を破棄してしまったり、重要な通知を見逃してしまうことを防止できます。
(5) 収入・支出の把握
年間・月間の収入・支出を把握して本人の生活プランを立てます。
収入は、年金、不動産収入、株式配当、預貯金利息等で預金通帳の収入欄等で把握が可能です。
支出は、税金、家賃、公共料金等その他生活費等で預金通帳の支出欄や領収証等で把握します。近年は、クレジットカード決済も増えていますので、クレジットカード契約があればその内容や明細も確認します。
(6) 裁判所への報告
調査が終わったら、財産目録と年間収支報告書を作成し、証拠となる通帳や取引残高報告書などのコピーを添付して、家庭裁判所に提出します。提出期限は、審判からおおむね2ヶ月以内ですが、間に合わない時は必ず家庭裁判所に連絡するようにします。
財産目録等の書式は、裁判所HPに掲載されています。
【参考】裁判所:後見人等のための書式集
財産目録には、「平成○年○月○日現在」の内容で記載しますが、ここは実際に提出する日ではなくて、前月末など切りのよい日時にしまって構いません。たとえば、7月27日に報告するのであれば、6月30日現在とすればよいでしょう。
現金がない場合でも、現金を0円と記入します。
報酬付与の審判申立て
報酬を受け取るには、家庭裁判所に対して報酬付与の申立てを行います。親族が成年後見人の場合、報酬が付与されるかどうかは場合によりますが、総合的に事情を判断して決めます。親族だから無報酬ということではありませんので、報酬を受けたい場合には申立てをしてみましょう。
【参考】成年後見人の報酬額の相場
成年後見人の通常の仕事
さて、ここからいよいよ成年後見人の本格的な仕事内容です。
成年後見人の仕事内容は大きく分けて次の3つです。
- 財産管理事務:預貯金の入出金チェックと必要な費用の支払い、不動産管理など
- 身上監護事務:医療や介護に関する契約など
- 家庭裁判所への報告
(1) 財産管理事務
本人の財産管理は成年後見人の一番メインの仕事です。
基本的には成年後見人が判断して進めていきますが、判断に迷う場合には、家庭裁判所に相談をしてください。
1. 預貯金の入出金チェックと必要な費用の支払い
財産管理で最も基本的なものは、通帳記入による預貯金の入出金チェックです。預貯金を管理する際には、本人名義とするか、「相続太郎成年後見人相続次郎」のように、本人と自分の財産が区別できるようにします。
年金について、もし振り込まれていない場合は年金事務所に確認します。
電気・ガス・水道やその他月額費用などのうち今まで現金で払っていたものがあれば口座引き落としに変更するほうが良いです。そうすれば都度払う必要がなく通帳で一括して管理できるからです。口座引き落としができず現金で払う場合は、金銭出納帳に記録します。各種の領収書やスーパーのレシートなどは、日付順にノートブックなどに貼りつけします。ただ、なくならないようにすれば、どんな管理方法でも大丈夫ですので、月毎に分けてクリアポケットに入れるのが楽な方法です。
成年後見人が本人のために支出した費用(交通費など)は、本人の小口現金から支出し、金銭出納帳に記録します。ただし、本人のために支出する費用と、成年後見人自身のために支出する費用は明確に区別してください。たとえばスーパーに行って本人の生活必需品と自分のものを一緒に購入する場合には、本人のものと自分のものでレシートを分けてもらうようにしましょう。
2. 不動産の管理
本人の自宅がある場合、自宅の管理や修繕などが成年後見人の仕事になります。一人暮らしの本人が介護施設に入所してしまったときは、定期的な自宅の見回りや、庭の手入れ・草取りなどが必要になるでしょう。
本人が賃貸アパート・マンション物件を所有していれば、定期的にそれらの物件も確認します。賃借人が家賃の支払を滞納していれば催促するなど交渉も行うことになります。慣れていない場合には、不動産会社などの専門家に管理をお願いするのが良いでしょう。
3. 株式、有価証券の管理
基本的には手をつけずに毎年残高証明書を発行してもらうだけになります。なぜなら、成年後見人の仕事は、本人の財産管理であり、特別な事情がない限り財産の処分は含まれないからです。ただし、価格変動には注意しておく必要があります。管理している株式の株価が急落することが明らかであれば、例外的に売却することはできます。ただ、新規購入は認められないでしょう。
それぞれのケースに応じて異なりますので、家庭裁判所に相談されることをお勧めします。
4. 税金の申告・納税
本人に所得があれば所得税・住民税が発生しますし、不動産を所有していれば固定資産税・都市計画税が発生します。これらを、それぞれ管轄の官庁で申告・納税します。
税金の扱いは各種の特例があり内容も頻繁に変更されるため複雑です。素人判断で行うよりも、税理士などの専門家に依頼した方がよい場合もあるでしょう。
5. 居住用不動産の処分について
基本的には本人の財産処分をすることはありませんが、本人の入院費や施設入所費に充てるため、本人所有の不動産の売却が必要になる場合もあります。不動産の売却する場合は、複雑な手続きや税金の話が絡みますので、不動産仲介業者などの専門家にお願いするのが賢明でしょう。
なお、居住用不動産を処分するには、家庭裁判所の許可が必要になります。許可を得ずに処分すると無効となります。
居住用不動産とは、現在住んでいる家、または施設に入所して現在住んでいなくても入所前に住んでいた家のことです。将来住む可能性がある家も同じです。また、建物がなく土地だけでも居住用不動産とみなされますので注意が必要です。
居住用不動産の処分に当たって、家庭裁判所は、売買価格やその他の条件などを考慮したうえで許可をしますので、許可の申立てをする段階で売買契約書などを添付します。ですので、売買契約から決済まで通常の取引よりも時間がかかると考えておいたほうがよいでしょう。
6. 利益相反行為の禁止
成年後見人と本人との間で利害が対立する場合には、特別代理人や後見監督人の選任が必要となります(民法第860条)。たとえば、成年後見人と本人のどちらも相続人である場合や、本人所有の不動産を成年後見人に売却する場合などです。
民法第826条
1 親権を行う父又は母とその子との利益が相反する行為については、親権を行う者は、その子のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければならない。
2 親権を行う者が数人の子に対して親権を行う場合において、その一人と他の子との利益が相反する行為については、親権を行う者は、その一方のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければならない。
民法第860条
第826条の規定は、後見人について準用する。ただし、後見監督人がある場合は、この限りでない。
本人の利益を心掛ける
成年後見での財産管理とは、財産を使わないことではなく、本人の利益のために適切に管理し利用することです。
子供が父親の成年後見人になった場合、「親父の財産を欲しいから最後までなるべく使わずにとっておく」という後見人がいますが、これはNGです。また、介護施設を探すとき、あえて費用の安い施設を選ぶ後見人もいますが、これもNGです。
自分の利益のためではなく、本人の利益のために財産管理を行う心構えと行動が必要なのです。
(2) 身上監護事務
身上監護の内容
訪問して本人の状況に変わりがないか「身守り」をすることが基本になりますが、それに付随して下記のような仕事があります。
1. 医療に関する事項
治療、入院等に関して病院との間で諸手続きをします。また、健康診断などの受診手続きをします。
2. 住居の確保に関する事項
本人の持ち家がない場合には、借りる家を探して賃貸借契約を行い、家賃の支払い・契約更新等をします。
本人の持ち家があれば、家の修繕、税金の支払い等をします。
3. 施設の入所・退所・処遇の監視に関する事項
本人を施設に入れることが適切と判断される場合、施設を探して施設の入退所手続きをします。また、施設入所中は、施設での本人への対応の様子を監視し、本人に不利益があれば改善を求めます。
4. 介護・生活維持に関する事項
要介護認定や更新の手続きをそ。介護サービス事業者とのサービス契約をします。
介護サービスの内容が契約のとおりか確認し、異なるときは改善を求めます。
各種の福祉サービスがありますので、地域包括支援センター、福祉センター、福祉事務所、市町村の高齢者福祉・障害者福祉の窓口などで相談してみると良いでしょう。
5. 教育・リハビリに関する事項
教育・リハビリに関する情報収集や契約をします。
以上5つをあげましたが、実際のところ、「2. 住居の確保」と「3. 施設の入所」が一番大変な仕事になります。施設は入所に多額の費用がかかることが多く、本人との相性もありますので、本人の状況や性格を踏まえながら十分に検討が必要です。
まずは施設を見学することは必須となってきます。できれば昼時に行って入居者や事務員の様子を観察すると良いでしょう。施設での食事が美味しいかどうかも非常に重要なポイントです。なんといっても人間にとって食事は楽しみなものの一つです。毎日食事が美味しくなかったら生きる気力も失せてしまいます。可能であればお金を払って食事を試食してみると良いかもしれません。
また、高齢者は持病の薬を飲むことも多いですので、ちゃんと薬を飲ませてもらえるのかなども確認しましょう。職員の定着率(辞める人が少なく長く働いているか)もポイントです。
入所後もそれで終りではなく、定期的に施設を訪問して処遇が問題ないかを確認します。最初は丁寧に対応しているが、時間が経つといい加減な対応になることもあります。定期的な身守りは一番大変なことですが、本人は自分で主張することができませんので、まさに成年後見人に求められた重要な仕事です。
成年後見人の仕事でないもの
まず、以下の内容は成年後見人の仕事ではありません。
- 本人の介護、身の周りの世話(食事作り・洗濯・掃除など)
成年後見人が選任されると、本人の介護をしてくれると間違われることがよくありますが、本人の介護は成年後見人の仕事ではありません。本人の介護は、家族が行ったり、介護サービスや施設を利用することになります。
次に、以下の内容は成年後見人が行うことはできません。
- 健康診断の受診の強制
- 入院や施設入所の強制
- 医療行為への同意
- 遺言
- 婚姻や養子縁組の届出
- その他、一身専属的な事項
この中でよく問題となるのは「医療行為への同意」です。本人が手術や治療を受ける場合に、それに同意できるのは本人だけであり、成年後見人は同意することはできません。「医療行為への同意」は一身専属的な権限だからです。しかし、本人に判断できる能力がない場合、大変困ることになります。
たとえば、本人が食道ガンを患っており、摘出手術をすれば大丈夫だが、その後は通常の食事が困難になる場合、いったい誰がその判断をするのでしょうか?本人が判断できない以上、慣習的に家族を呼んで家族に判断してもらうことになります。ただ、家族がいても連絡がつかなかったり、身寄りのない方であったりすると、難しい状況になります。成年後見人はなんとか家族や親族と連絡をとって判断していただくしかありませんが、仮に連絡がついても親族はほとんど関心がなかったりと、なかなか複雑な想いになることもあるようです。
(3) 家庭裁判所への報告
成年後見人の事務を監督するため、家庭裁判所はいつでも成年後見人に対して報告を求めることができます。後見監督人がいるときは、後見監督人も同様に報告を求めることができます。それに備えて成年後見人はいつでも報告できる心構えと準備をしておかなければなりません。
預貯金の入出金チェックや現金出納帳の記録はもちろんのこと、後見日誌を毎日つけて、行った仕事の内容や本人の様子を記録しておくと何らかのトラブルがあったときに役立ちます。
特に問題がなければ、年に1回、後見等事務報告書、財産目録、収支状況報告書(不要になりました)、通帳のコピー等の証拠資料を家庭裁判所に提出します。提出のタイミングですが、都道府県によって報告する月が決まっています。各都道府県の家庭裁判所に確認するようにして下さい。報告すべき時期が近付くと家庭裁判所から報告書の用紙が送られてきますので、心配する必要はないでしょう。もし間に合わない場合は、必ず家庭裁判所に連絡して遅れる旨を伝えてください。
初回と異なるのは、まず、「後見事務報告書」が追加されていることです。記載する内容は、本人の現在の状況や、財産の変化についてです。報告書のフォーマットがありますので、それに沿って記入します。
財産目録は初回とほぼ同じフォーマットですが、財産の変化の状況と前回との差額を記入します。
収支状況報告書は以前は必須でしたが、現在は裁判所から要請があったときのみ提出するようになりました。
なお、以下のような場合には、年1回の報告とは別に、都度、家庭裁判所への報告が必要です。
- ・重要な財産の処分、遺産分割、相続放棄など財産管理の方針を大きく変更するとき
- 療養看護の方針を大きく変えるとき
- 本人の入院先・氏名・住所・本籍が変わったとき → 成年後見登記変更が必要
- 成年後見人の氏名・住所が変わったとき → 成年後見登記変更が必要
その他、後見監督人がいる場合には、本人の財産を処分したり、財産管理の方針を変更したり、療養看護の方針を変更したりするときには、必ず後見監督人に相談して同意を得てください。
(4) 本人が行った法律行為を取り消す
一般的な仕事内容とはいえませんが、成年後見人の業務としてよくあり得るのは、本人が行った法律行為を取り消すことです。成年後見人には、日常生活に関する行為(通常の買い物など)を除いて、本人が判断能力がないため行ってしまった行為を取り消す権限があります。
たとえば、悪質な業者が本人の家に来て高価な貴金属を買わせてしまった場合、成年後見人はそれに気づいた時点で、その行為を取り消すことができます。具体的には、その業社にまずは電話連絡して、「成年後見人である○○は被成年後見人△△が行った購入の行為を取り消すので、至急、代金を返還のうえ商品を回収してください」というような内容を伝えます。それで話が通じなければ内容証明にて送付することになります。最初は無視されたり拒否されたりするかもしれませんが、徹底的に戦う覚悟で臨めばたいてい相手は折れるでしょう。
このようなことが頻発しては困りますので、本人の家の玄関を入ったところに訪問者に見えるように後見人の名前と住所を貼っておくと効果的なようです。
成年後見人の最後の仕事(終了時)
成年後見の終了の理由
成年後見人は、次のような理由により仕事が終了します。
①本人の死亡
②成年後見人の辞任
成年後見人に正当な理由がある場合、家庭裁判所の許可を受けて辞任することができます。
③成年後見人の解任
成年後見人に不正な行為や相応しくない行為などがあった場合、家庭裁判所から解任されることもあります。
④後見審判の取り消し
本人について後見開始の原因が解消したときには、家庭裁判所は、後見開始の審判を取り消し、後見が終了します。
⑤成年後見人の欠格事由の発生
成年後見人が破産などして成年後見人としての要件を満たさなくなったときは任務を終了します。この場合、新たな成年後見人が家庭裁判所から選任されます。
以上のような理由で成年後見人の仕事が終了した場合、成年後見人には以下の最後の仕事が残っています。
- 財産目録の作成
- 成年後見登記の申請
- 財産の引き渡し
- 家庭裁判所への終了報告
(1) 財産目録の作成
後見終了後2ヶ月以内に財産目録を作成します。フォーマットは毎年作成するものと同じです。
(2) 成年後見終了登記
本人が死亡した場合のみ、成年後見の終了の登記申請を行います。それ以外の場合は、家庭裁判所から東京法務局に対して依頼されます。
(3) 財産の引き渡し
辞任または解任、欠格により成年後見が終了したら、なるべく早いうちに、後任の成年後見人に対して財産を引き渡します。
本人の死亡により成年後見が終了した場合は、相続人の有無や人数、遺言の内容により異なります。
①相続人が一人の場合
その相続人に財産を引き渡します。
②相続人が複数人いる場合
複数の相続人がいる場合、どの相続人に引き渡すのか注意が必要です。遺産分割前の相続財産は相続人全員の共有物ですので、不用意に特定の相続人に引き渡すことには問題があります。相続人全員が集まったところで引き渡すとか、または全員に通知し、代表者に引き渡すことに同意していただくなどの工夫が必要です。成年後見人が相続人の一人である場合は、利益相反行為にならないように、慎重になるべきでしょう。
③遺言がある場合
本人の遺言がある場合には、その内容に従って相続人/受遺者または遺言執行者に引き渡します。ただし、その遺言が家庭裁判所から検認を受けたものであることを必ず確認してください。遺言が無効であった場合、トラブルになります。
④相続人がいない場合
法定相続人が存在せず遺言もない場合は、相続財産管理人に引き渡します。相続財産管理人は家庭裁判所が選任しますが、選任されるまでの間は、引き続き財産の管理を行います。
なお、すべての場合において、財産を引き渡したら、その証拠として受領書をもらいます。
(4) 家庭裁判所への終了報告
最後に、後見等事務報告書、財産目録、通帳のコピー等の証拠資料を家庭裁判所に提出します。この際、終了事項が記載された後見登記事項証明書や財産引き渡しの受領書なども添付します。
本人死亡時の葬式や死亡届けについて
身近に家族が住んでいない本人が死亡した場合、葬式の手配や死亡届けは誰が行うのかという問題があります。これらは成年後見人の業務ではなく、家族が行うものです。ただ、家族がすぐに対応できない、あるいはやりたくない、そもそも身内がいないという場合、義務ではありませんが、一人の人間としてやらざるを得ない場合もあるでしょう。
実際、何十年も親子間の交流がない子供が遠くに住んでいる場合、本人死亡の連絡をしたら、散骨までお願いしますと依頼されたという例があります。その成年後見人は、ただ一人の人間として、本人の火葬を行い散骨までしたとのことです。悲しい現実ではありますが、成年後見人が本人の最後を看取ることもこれから増えてくると思われます。
成年後見人の報酬は財産額にもよりますが、基本的には月額数万円程度です。その中で、時には人の死と向き合う仕事をするのですから、単純に業務としてできるものではなく、本人のために最後まで尽くすような姿勢が要求されてくるでしょう。
困ったら家庭裁判所に相談を
成年後見人の仕事は基本的には一人で進めます。未経験であれば、どうして良いかわからず困ることも多々あるでしょう。そのような時には迷わずに家庭裁判所にご相談ください。本人の財産を勝手に処分したりすると後々トラブルになりますので、わからなければ何でも聞くことです。
裁判所というと何やらかたいイメージを持たれるかもしれませんが、家庭裁判所は裁判だけでなく、相続・養子縁組など家庭に関する内容を扱っていますので、親切な対応をしてくれる書記官が多いです。
家庭裁判所に連絡をする時には、最初に送られた審判書または登記事項証明書の「事件の表示」に記載されている番号(例:平成**年(家)第***号)を始めに伝えてから相談して下さい。そうすると、スムーズに担当の書記官に取り次いでくれます。
家庭裁判所への連絡は、原則的にはFAXで行いますが、直接、電話連絡しても構わないでしょう。ただ、複雑な内容はFAXした方が良いです。
成年後見人の仕事内容のまとめ
最後に成年後見人の仕事内容をまとめます。
まず、成年後見制度は本人のためにあり、成年後見人は本人の意思を尊重しながら本人の代わりとなって本人の利益のために仕事をします。本人と自分の財産は明確に分けしっかり管理する必要があります。また、本人の状態をいつも見守るとともに、本人に不利益になるようなことがあれば施設や介護サービス業者等に改善を要求します。
定期的に家庭裁判所に報告をし、財産の処分をするときなどは家庭裁判所に相談しながら行います。
成年後見に関する仕事は多岐にわたり、通常、途中で辞任しない限りは本人が亡くなるまで続きます。本人は物事を判断できない状態ですから、意思疎通できないことでストレスを感じることもあるでしょう。成年後見人はまさに忍耐が試される仕事ともいえます。
自分が成年後見人にならなかったとしても、周囲で成年後見人になっている人がいましたら、その苦労を労わってあげると良いかもしれません。
最後に、長文を読んでいただき有難うございました。