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遺産の使い込みにはどう対処する?調査方法と取り戻し方を解説!
「相続後、親の通帳を調べてみたら、多額の預貯金が引き出されていた。」典型的な遺産の使い込みの事例です。
遺産の使い込みは、被相続人と同居していた親族が被相続人の通帳、印鑑、カードなどを管理していると発生しやすくなります。
同居の親族などにより使い込まれてしまった遺産は取り戻すことができるのでしょうか?
今回は、遺産を使い込まれてしまった場合の調査方法と取り戻し方について解説します。
目次
1.遺産の使い込みはいつあった?
遺産の使い込みをした時期が被相続人の生前(相続開始前)か被相続人の死亡後(相続開始後)かによって、法律上の考え方が変わります。
そのため、以下のとおり、遺産の使い込みの時期を分けて考える必要があります。
1-1.被相続人の生前の使い込み
被相続人の生前に遺産が使い込まれたケースには、以下のものが挙げられます。
該当するケースによって、使い込まれた遺産を取り戻せるかどうかが変わります。
- 被相続人の意思により生前贈与を受けたケース
- 生活費など被相続人のために支出したケース
- 被相続人に無断で引き出したケース
被相続人の意思により贈与を受けていたケース
法被相続人の意思によって資産が移転している場合には、被相続人の意思に基づく有効な贈与であり、他の相続人が財産を取り戻すことはできません。
もっとも、贈与の金額や時期によって、特別受益として遺産分割時に遺産総額に持ち戻して相続分を算出できる場合や、遺留分侵害額請求をできる場合もあります。
また、金額によっては、贈与税の対象となる可能性もあり、生前贈与加算の問題も発生します。
生活費など被相続人のために支出したケース
同居の親族が被相続人の預貯金を引き出し、被相続人の生活費、入院費、施設利用料の支払いなどに充て被相続人のために支出したケースについては、口座の持ち主である被相続人のために使われているため、遺産の使い込みにはあたりません。
そのため、遺産を取り戻すことはできません。
一方で、このケースでも不必要な支出であったり、被相続人のためというのを言い訳に、実際には自分のための支出であったといったことも多いでしょう。
こうした場合には、使い込みをした相続人に、返還を求めることが可能です。
被相続人に無断で引き出したケース
被相続人の同意なく預貯金を引き出したり、認知症であることをいいことに勝手に預貯金を引き出したりするケースがあります。
このようなケースでは、被相続人の預貯金を引き出すことについて何ら法的根拠がなく、被相続人の権利が侵害されていることになります。
そのため、他の相続人は、被相続人から相続した請求権に基づき、各自の法定相続分に応じて、不当利得又は不法行為を理由として、遺産を使い込んだ相続人に対し、返還を求めることができます。
1-2.被相続人の死亡後の使い込み
被相続人の死亡後、預貯金口座が凍結される前に、預貯金を引き出してしまうケースがあります。
口座持ち主である被相続人の死亡により預貯金は相続財産となっているため、自分の法定相続分を超えた共有持分にあたる遺産を勝手に使い込んだ場合には、他の相続人の権利が侵害されたことになります。
そのため、この場合にも、他の相続人はご自分の権利に基づいて、遺産を使い込んだ相続人に対して返還を求めることができます。
2.使い込まれた遺産を取り戻すための準備
遺産の使い込みが問題となるケースでは、使い込みをした相続人が使い込みの事実を認めることはほとんどありません。したがって、他の相続人にとっては、使い込みをした証拠の収集が重要となります。
2-1.出金の時期や金額の特定|取引履歴を取り寄せて調査
被相続人の預貯金に使い込みの疑いがある場合や、管理状況に不審な点がある場合には、被相続人と取引のあったすべての金融機関から預貯金の取引履歴を取り寄せ、預貯金の流れを調査する必要があります。
預貯金の取引履歴は、相続人自身による開示請求や弁護士による弁護士会照会によって取得することが可能です。
2-2.誰が預貯金を引き出したかを特定するための調査
① 通帳等の管理状況
遺産の使い込みは、被相続人と同居している相続人によって行われるケースが多いのが実情です。
そのため、被相続人の通帳、印鑑、カードを誰が管理していたかを調べることが、使い込みをした人物を特定するために重要になります。
被相続人が認知症であったり、身体が不自由で外出ができなかったという事情があれば、通帳等を管理している人物が遺産を使い込んだと推認することができます。
② 金融機関の窓口での引き出しの場合
金融機関の窓口で預貯金が引き出された場合は、払戻請求書の写しが使い込みをした人物を特定するのに有力な証拠となります。
また、預貯金を引き出した人物が被相続人以外の場合には、金融機関では通常、委任状を要求するため、委任状に記載された人物による引き出しがなされたと特定できます。
他方、被相続人の名前で払戻請求書が記載されていても、被相続人の筆跡と異なる疑いがあれば、筆跡鑑定により、預貯金を引き出したのが被相続人でないことを立証することもできます。
③ 金融機関のATMでの引き出しの場合
金融機関のATMで預貯金が引き出された場合には、払戻請求書が存在しないため、誰が預貯金を引き出したのかを特定することが困難となります。
しかし、通帳には取扱店としてATM店舗の番号が記載されることが多く、引き出しが行われたATMが被相続人の生活圏から離れているような場合には、被相続人以外の者によって引き出しが行われたと推認されます。
そのため、預貯金の取引履歴を注意深く分析し、手掛かりを探すことが重要です。
2-3.被相続人の意思能力についての調査
被相続人の生前の使い込みのケースでは、使い込みをした相続人からは「被相続人から生前贈与を受けた」、「被相続人に頼まれて引き出した」と反論されることがあります。
そのため、被相続人が認知症などによって意思能力失っていなかったかが重要な争点となります。
被相続人のカルテや診断書、看護記録、介護記録、介護認定資料などから、当時の被相続人の意思能力を立証することになります。
3.使い込まれた遺産を取り戻す方法
遺産の使い込みをした相続人が使い込みを認め、相続人全員が同意すれば、遺産分割協議の中で解決することができます。
もっとも、多くの場合、疑義を持たれた相続人は使い込みを否定するでしょう。以下では、そのようなケースで遺産を取り戻す方法をご説明します。
3-1.任意の交渉で取り戻す方法
証拠収集の結果、遺産の使い込みが疑われる相続人に対して、内容証明郵便を送り、その後任意の話し合いによって遺産の返還を求めます。ただしこれだけで、任意の交渉に持ち込み、使い込まれた遺産を取り戻すことはあまり期待できません。
しかし、後述する時効の成立を防ぐために、内容証明郵便で請求した事実が時効の完成猶予(中断)事由になります。そのため、時効が迫っている場合には有効な手段となります。
3-2.民事訴訟により取り戻す方法
任意の交渉で使い込まれた遺産を取り戻すことができなければ、民事訴訟を提起します。
この場合の民事訴訟には、不当利得の返還請求と、不法行為に基づく損害賠償請求の2つの方法があります。
請求に必要な要件は以下の通りです。
不当利得の返還請求の場合
- 被相続人の預金が存在したこと
- 被相続人の損失(預貯金が引き出されたこと)
- 被告の利得(使い込んだ人による払戻金の取得)
- 損失と利得の因果関係
- 被告に預貯金の引き出し権限が存しないこと
不法行為に基づく損害賠償請求の場合
- 被相続人の預貯金が存在したこと
- 預貯金が引き出されたこと
- 預貯金を引き出したのが被告であること
- 被告に預貯金の引き出し権限が存しないこと
- 被相続人の預貯金債権侵害に故意・過失があること
ただし、裁判中に、遺産を使い込んだ相続人の手元に財産がなくなってしまうと、たとえ勝訴したとしても回収できなくなり、長期間裁判で争っても無駄になってしまうことになります。そこで、裁判の前に保全手続きを行うことも検討しなければなりません。
個人がここまで検討するのは非常に難しいため、訴訟を考える場合は弁護士に相談することをおすすめします。
3-3.不当利得と不法行為の違い
消滅時効が違う
2020年3月31日以前 | 2020年4月1日以降 | |
---|---|---|
不当利得の返還請求 | 使い込みを知ったときから10年 | 使い込みを知ったときから5年 |
使い込みのときから10年 | ||
不法行為に基づく損害賠償請求 | 使い込みを知ったときから3年 | |
使い込みのときから20年(※) |
上記から、消滅時効期間は基本的に不当利得で返還請求するほうが長いことがお分かりいただけるでしょう。したがって、既に使い込みを知ってから3年以上経ってしまった場合には、不当利得の返還請求をすることになります。
なお、民法(債権法)が改正されたことにより、施行日(2020年4月1日)前後で、不当利得の場合の消滅時効期間が変わります。
※ 不法行為に基づく損害賠償請求の「行為のときから20年」は、改正前には除斥期間と解されていましたが、改正後には時効期間であることが明確になり、時効の中断などが可能になりました。
弁護士費用の請求
不当利得返還請求では、弁護士費用を被告に請求することは認められていない一方、不法行為で請求する場合、損害額の1割程度を弁護士費用として被告に請求することが認められています。
そのため、損害額が高額な場合には、不法行為構成で請求したほうがメリットが大きくなります。ただし、和解により解決する場合には、弁護士費用を請求しないことが多くなります。
遺産の使い込みについてのよくある質問(FAQ)
遺産の使い込みは刑事上の罪にはならないの?
人の財産を盗んだ場合には「窃盗罪」が、預かっていた人の財産を勝手に使った場合には「横領罪」が成立します。
したがって、相続開始前に、被相続人が管理する銀行口座から勝手に預貯金を引き出した場合には窃盗罪が、被相続人から口座の管理を任されていた相続人が勝手に預貯金を自分のために引き出した場合には横領罪が成立します。
相続開始後であっても、使い込まれた預貯金は相続人全員の財産となっているため、同様な刑事上の罪が成立します。
しかし、刑法では、配偶者や直系血族、同居の親族がこれらの罪を犯したとしても、処罰が免除されるため、刑法上の罪を問うことはできません。
ただし、配偶者や直系血族、同居の親族が被相続人の後見人などに就任していた場合には、業務上横領罪が適用されます。公訴の時効は7年となります。
早めに弁護士に相談すべきです。
遺産の使い込みを弁護士に依頼するメリットは?
遺産の使い込みでは、証拠収集が重要となります。
弁護士は、「弁護士会照会」によって適切かつ確実な証拠を収集することができます。
また、多くの場合、遺産の使い込みは裁判で解決しなければなりません。
訴訟を提起する際には、法律構成をどうするか、保全手続きを行うかなど専門的な知識が必要となります。
さらに、遺産の使い込みが疑われるということは、遺産の範囲が確定しておらず、遺産分割もままなりません。弁護士に遺産の使い込みの解決を依頼することは、遺産分割を含めた手続きを一任できるということでもあります。
遺産の使い込みが疑われる事案では、まずは弁護士に相談し、相続全体についてサポートしてもらうことをおすすめします。