この記事では、生命保険金が相続財産にならない理由や、相続財産に含まれる場合の条件、生命保険金と遺留分の関係について、…[続きを読む]
生命保険金は遺留分の対象?侵害額請求できる?|生命保険金と相続

贈与や、遺贈(遺言による贈与)があると、相続時に遺産が特定の相続人に偏ってしまうことがあります。
こうした事態を防ぐために、贈与や遺贈によって遺留分を侵害された相続人は「遺留分侵害額請求」という金銭の請求ができます(旧:遺留分減殺請求)。
そのため、被相続人が自分の収入から多額の生命保険をかけており、特定の相続人一人を保険金の受取人にしていた場合には、遺留分侵害額請求をできるのかが問題となります。極めて不均衡な相続となることがあるからです。
そこでこの問題について、3つのステップに分けてご説明します。
目次
1.生命保険金と遺留分の関係
ステップ1|生命保険金が相続財産になるか(特別受益になるか)
生命保険金は、通常は相続財産とはなりません。
生命保険金は契約によって「保険会社」から「受取人」に個別に直接支払われる受取人固有の財産であり、相続の対象ではないからです。
例外的に相続財産とみなされる場合(特別受益)
とはいえ、特定の相続人を受取人に指定してあり、遺産額と比べて生命保険金があまりに高額な場合など、特段の事情がある場合は、「特別受益」と判断されることもあります(最高裁平成16年10月29日決定)。
つまり、一般的な生命保険金は、条件次第で特別受益になる可能性があるということです。
特別受益は、遺産額とあわせて相続分を計算することとされており、(民法903条1項)これを特別受益の「持ち戻し」といいます。
ステップ2|特別受益は遺留分侵害額請求の対象になるか
それでは、この「特別受益」は、遺留分侵害額請求の対象となるのでしょうか。
これについて判例により、通常は特別受益も遺留分の対象となり、遺留分侵害額請求(遺留分減殺請求)ができるとされています(最高裁平成10年3月24日判決)。
特別受益を遺留分の対象として認めないと、例えば被相続人が遺産の全部を生前贈与したとき、遺留分を守る方法がなくなってしまうからです。
ステップ3|特別受益とされた生命保険金は遺留分の対象になるか
次に、本題である特別受益とされた生命保険金に対してい遺留分侵害額請求をすることはできるのかについてご説明します。
確定的な判例はない
そもそも遺留分侵害額請求の対象は贈与と遺贈ですが、生命保険金は贈与でも遺贈でもありません。通常であれば対象外です。
他方、相続人に最低限の遺産相続を保障する遺留分制度の趣旨からは、生命保険金に対する遺留分侵害額請求を認めるべきとも言えそうです。
実は、この点を中心に争われた裁判例はまだなく、議論も十分なされていない段階です。
特別受益とされた生命保険金に対する遺留分侵害額請求が認められる可能性も十分にありますが、確実ではありません。
2.生命保険金は遺留分侵害額請求の対象か?
これまでご説明してきたことを整理すると、次のようにまとめることができます。
- 生命保険金は原則として特別受益にならず、受取人が受け取る(最高裁平成16年10月29日決定)
- 例外的に生命保険金が特別受益となることもある(判例同上)
- 特別受益は、通常遺留分の対象になる(最高裁平成10年3月24日判決)
- 特別受益とされた生命保険金も遺留分の対象になる可能性がある(判例なし)
ただし、法律上、生命保険金が特別受益と認められたのは、特段の事情のある特別な場合で、本来は適用が予定されていない条文を類推適用するという例外的なケースです。
そのような例外的に認められた特殊なケースに、「特別受益は遺留分侵害額の請求の対象となる」という一般論を当てはめられるのかはとてもむずかしい問題です。
もし生命保険金によって、相続での遺産承継があまりに不公平になっていると思われる場合は、一度弁護士に相談してご自身の状況を整理してもらうことをおすすめします。
3.生命保険金と遺留分の計算例
ここからは、特別受益とされた生命保険金が遺留分侵害額請求の対象となると仮定した場合、どのような結果となるのかを考えてみましょう。
簡単な例を挙げて計算してみましょう。
- 被相続人:父
- 相続人:長男・次男
- 遺産額:1,000万円
- 生命保険金:長男を受取人として5,000万円
本来の法定相続分
通常どおり計算した法定相続分は次のとおりです。
- 長男:1,000万円×2分の1=500万円
- 次男:1,000万円×2分の1=500万円
このままでは、次男は500万円のみを相続する一方で、長男は生命保険金5,000万円を加算した5,500万円を得ることになります。
生命保険金を特別受益とした場合の相続分
そこで、今回は特段の事情があるとして、生命保険金5,000万円が特別受益となった場合を考えてみましょう。
特別受益を持ち戻した場合の、遺産の総額は次のようになります(民法903条1項)。
1,000万円+5,000万円(みなし相続財産)=6,000万円
なおここでは、計算をわかりやすくするために、生命保険金の持ち戻し額は「保険金の全額を持ち戻す考え方」で計算していますが、実際の実務の扱いでは、生命保険金からいくらを持ち戻すかは確定していません。
みなし相続財産を加算した遺産総額をもとに具体的相続分を算出します。
- 長男:6,000万円×2分の1=3,000万円
- 次男:6,000万円×2分の1=3,000万円
そして、長男はこの金額から特別受益の金額を差し引かれます。
長男:3,000万円-5,000万円=-2,000万円
長男は2000万円をもらいすぎており(超過特別受益者といいます)、遺産はもらえませんが、このもらい過ぎの2000万円は返還する必要はありません(903条2項)。
最終的な特別受益の持ち戻し後の長男・次男の相続分は、次の通りとなります。
- 長男:遺産0円・生命保険金5,000万円
- 次男:遺産総額1,000万円の全部
遺留分の計算
ただし、次男はまだ遺留分侵害額請求をしていません。
今回のケースで次男の遺留分は1/4です(民法1042条1項2号)。
遺留分計算の基礎となる財産(基礎財産)は、このケースでは6,000万円で、次男の遺留分は次の通りです。
6,000万円×4分の1=1,500万円
実際には1,000万円しか相続できないため、500万円の遺留分の侵害があることになります。
遺留分請求侵害額請求をした場合
そこで、生命保険金が遺留分侵害額の請求の対象となるとするなら、次男は長男に対し、500万円を請求できることになります。
そうすると、最終的には次のようになります。
- 長男:遺産0円+生命保険金5,000万円-遺留分侵害額500万円=4,500万円
- 次男:遺産総額1,000万円+遺留分侵害額500万円=1,500万円
まだ金額的に平等とは言えませんが、このケースでは遺留分侵害額請求をすることで多少は不均衡が是正されました。
しかし、実際に問題となる相続事件は、当事者も多く、はるかに複雑で、常にこの事例のように簡単に妥当な結論を導けるとは限りません。
4.生命保険と遺留分の関係についてのよくある質問(FAQ)
生命保険は遺留分対策に使えるの?
前述した通り、生命保険金は特段の事情がない限り、特別受益とならず、遺留分侵害額請求の対象とはなりません。
その事実を使って生命保険を遺留分対策として使うことは可能です。例えば、資産を残したい特定の相続人を受取人として生命保険に加入するのです。
ただし、「特段の事情」に該当しないかどうかについては慎重に検討にする必要があるため、生命保険を遺留分対策として使う場合には、弁護士など専門家に相談するといいでしょう。
生命保険金に遺留分侵害額請求されたらどうすればいい?
ここまでご説明してきたように、生命保険金と遺留分の問題は、実務でも扱いが確定していない、とても難しい問題です。
- そもそも生命保険金が特別受益になるのか
- 特別受益になったとして遺留分の対象になるのか
- 遺留分の計算で生命保険金はどう扱われるか
このように、事案によって異なるとしか言えない要素が非常に多いからです。
生命保険金に対して、遺留分侵害額請求をされた場合には、一度弁護士に相談することをおすすめします。
また、逆に生命保険金に関して不公平に感じることや不安なことがあれば、こちらも弁護士に相談することをおすすめします。