家族信託ってどんなもの?手続きや相続への活用などについて
「家族信託」という新しい資産承継手法が注目されています。
しかし「投資信託」や「信託銀行」という言葉は耳にしたことはあっても、「信託」とは何か知っておられる方は、まだまだ少ないようです。
ここでは家族信託について、わかりやすく、ご説明します。
目次
1.家族信託ってどんな仕組み?
では、早速、次の事例を使って家族信託の仕組みについてご説明します。
1-1.海野さんのお宅の具体例
- 夫:海野ナミヘイ(73歳)
- 妻:フネ子(68歳)
- 長男:勝夫(49歳)
- 長女:若芽(44歳)
ナミヘイは、自宅以外に賃貸マンションを所有し、家賃収入で生活しています。最近、認知症が疑われ、今後、物件管理をしてゆく自信がなくなりました。勝夫に相続させるつもりでしたが、生きているうちに、勝夫に管理を任せたいと思っています。ただ、家賃は生活費として自分に、自分の死後はフネ子に渡してほしいと願っています。どうすれば良いでしょうか?
ひとつの回答が、賃貸マンションを勝夫に「信託する」ことです。「信託」という制度を利用し、信頼する家族に資産を「信託」し、財産の管理と資産の承継を実現する手法、それが「家族信託」なのです。
1-2.「信託」って、どういうこと?
「信託」とは、自分の所有する財産の活用を考えているナミヘイが、信頼している勝夫に財産の所有権をあげてしまい、勝夫に活用して利益をあげてもらい、その利益をナミヘイ自身や、ナミヘイが指定した人(例えば、フネ子)に渡してもらう行為であり、信託法という法律で定められています(信託法2条)。
海野さんのお宅で説明しましょう。
- まずナミヘイ(委託者兼受益者)は、賃貸マンションの家賃収益をあげて、毎月、自分に渡してもらい、自分の死後はフネ子(第2受益者)に渡してもらうという「信託の目的」を決めます(信託法2条1項)。
- ナミヘイ(委託者兼受益者)と勝夫(受託者)の間で「信託契約書」と呼ばれる契約書を作成します。(信託法3条1項1号、2条2項1号)。
- 賃貸マンションの登記名義を勝夫(受託者)に移転します(信託法3条、2条3項)。
- 以後、勝夫(受託者)は、物件の所有者、賃貸借契約の貸主となり、物件を管理運用し収益をあげます。その収益はナミヘイ(委託者兼受益者)に渡し、ナミヘイの死後はフネ子(第2受益者)に渡します(信託法29条1項)。
この事例で、ナミヘイを「委託者」、勝夫を「受託者」といいます。
利益を受けとる者は「受益者」といい、委託者は受益者を兼ねることも可能なのでナミヘイは「委託者」兼「受益者」です。
ナミヘイの死後、フネ子が2番目の「受益者」となります。また、信託される賃貸マンションを「信託財産」と呼びます(信託法2条3項ないし7項)。
1-3.家族信託と一般的な相続の違いって何?
海野家の例で言えば、相続も家族信託も、どちらも賃貸マンションの所有権は勝夫に移ります。
しかし、相続では権利を承継した勝夫は賃貸マンションを自分の好きなように使うことができます。売り飛ばしてしまうのも勝手です(ただし、受託者が信託財産を売却できる旨を契約書に記載する必要があります)。
他方、家族信託では、受託者である勝夫は、賃貸マンションを信託の目的にしたがって活用する義務があるので、自分の自由に使うことはできず、収益をあげて、受益者であるナミヘイ・フネ子に渡さなくてはなりません。
これ以外にも、同じく資産承継と言っても、相続と家族信託では様々な違いがあります。それらの点は、家族信託のメリット・デメリットを説明する中で、触れてゆきましょう。
2.家族信託のメリットは?
2-1.成年後見制度との比較
ナミヘイは認知症を心配していますから、まず、成年後見人を選任した場合と比較してみましょう。
資産活用の柔軟性
勝夫がナミヘイの成年後見人になると、ナミヘイの生活と資産維持のためだけに家賃を使うことになります。たとえナミヘイが、孫に教育資金をやりたいと思っても、原則として許されません。硬直な成年後見では、資産を柔軟に活用することができません。
家族信託なら、受け取った家賃はナミヘイが自由に使うことができます。
裁判所などが介入しない
成年後見は裁判所の審判や公証人(任意後見契約の場合)を利用せざるを得ないので、手間も費用もかかります。
家族信託は、信託契約書や自筆証書遺言で実行が可能なので、家族だけでも不可能ではありません。
資産が目減りしない
誰が成年後見人となるか争いになると、裁判所が弁護士や司法書士を選任することになり、毎月の報酬分で本人がなくなるまで資産が目減りし続けます。
家族信託では資産の目減りはありません。
2-2.相続との比較
相続争いを防止できる
資産を承継する者を家族信託で決めれば、遺産分割も遺言も不要ですから、相続争いの種を残すことはありません。但し、後述のように遺留分の問題だけは残る可能性があります。
「受益者連続信託」で二次相続対策
ナミヘイは、自分の相続(一次相続)で遺産をフネ子に承継させる遺言を残すことはできますが、フネ子の相続(二次相続)で遺産を承継する者まで決めることはできません。
他方、家族信託では、ナミヘイは受益者と指定したフネ子が死亡したら、次は若芽が受益者となると指定しておくことが可能です。「受益者連続信託」と呼びます(信託法91条)。
2-3.財産を守る機能がある
家族信託が注目されているのは、資産を守るための様々な機能があるからです。
受託者の忠実義務
受託者には「忠実義務」という強い義務が課せられています(信託法30条)。
あくまでも受益者の利益を図り、自分の利益を図ってはならないという義務で、他人の財産を管理する者に一般的に要求される善管注意義務よりも重い義務です。したがって勝夫は勝手なことができません。
信託法において、忠実義務は次のとおり具体化されています。
①利益相反行為の禁止(信託法31条1項)
例えば、勝夫が自分で安く借りてしまうことは、ナミヘイの利益と相反するので禁止されます。
②義務違反による損失の補てん・原状回復の責任(信託法40条1項)
上のケースでは適正な家賃との差額分が損失となり、勝夫は、これを補てんする責任があります。
③義務違反行為による損害の推定(信託法40条3項)
例えば、勝夫が物件を売り飛ばしてしまった場合、勝夫が得た売買代金の金額を、そのままナミヘイの損害と推定して補てんを請求できます。委託者が損害額を立証しなくてはならない負担を軽くするためです。
④事前の差止請求権(信託法44条)
受託者による法令違反・義務違反行為のおそれがあることきは、受益者は、これを止めるよう請求することができます。
⑤信託監督人の選任(信託法131条)
受託者が適切に信託の義務を果たすよう、これを監督する「信託監督人」を定めることもできます。
債権者から資産を守る「信託財産の独立性」と「倒産隔離機能」
勝夫に借金があっても、その債権者は信託財産であるマンションを差し押さえることはできません(信託法23条1項)。
信託財産の所有権は受託者にありますが、受託者の債権者との関係では、信託財産は受託者の財産(固有財産と呼びます)に組み込まれず、別個独立の財産と扱われます。これが「信託財産の独立性」です。
万一、勝夫が自己破産しても信託財産は処分されません。これが「信託の倒産隔離機能」です。
他方、賃貸マンションの名義は勝夫にあり、ナミヘイの所有物ではないため、ナミヘイの債権者が賃貸マンションを差し押さえることもできません。
つまり「信託財産の独立性」は、委託者の財産からの独立も意味するわけです。
このように信託財産は、委託者の債権者からも、受託者の債権者からも守られることになります。このような機能は、成年後見にも相続にもありません。
3.家族信託のデメリット
家族信託にもデメリットはあります。
3-1.成年後見との比較
身上監護の義務と権限はない
受託者には、信託財産を活用する義務と権限しかありませんから、成年後見人のように本人の住居を確保したり、施設の入所退所、入院通院の手続きなどを行う身上監護の義務と権限はありません。
3-2.弁護士は受託者になれない
成年後見人は弁護士を選任できますが、株式会社以外の者が、営利目的で業務として信託の受託者となることは禁止されているので、弁護士は受託者にはなれません(信託業法3条、4条)。
ただ、弁護士を勝夫の代理人とすることは禁止されませんから、資産の管理、運用などを弁護士に依頼することができます。
3-3.遺留分の制約は受ける
たとえ家族信託のための行為でも、法定相続人の遺留分は侵害できません。賃貸マンションの名義を勝夫に移転することは、生前贈与であり、他の共同相続人(フネ子と若芽)の遺留分を侵害する場合があります。
その場合、ナミヘイの相続発生後、勝夫が、2人から遺留分侵害相当額の金銭請求を受けてしまう危険性はあります。このような事態にならないよう、家族信託の実行には、他の家族の十分な納得を得ておくべきです。
3-4.不動産登記が必要
信託財産が不動産の場合、受託者名義に移転登記されていないと、委託者の債権者が不動産を差し押さえようとしたときに、信託財産であると主張できません。
4.家族信託は相続税対策にはならない
信託では、委託者と受益者が異なる場合には、受益者が利益を得るので、委託者から受益者への贈与として、贈与税の対象となります。
もっとも、ナミヘイが自分を受託者としている「委託者兼受益者」のケースでは、信託の前後を通じて利益を得る者に変動はないので贈与税はかかりません。
しかし、ナミヘイの死後、ナミヘイが指定していたとおり、受益者がフネ子に変更されると、相続税法上の「信託に関する特例」により、フネ子への遺贈とみなされ、相続税の対象となります(相続税法第9条の2、第1条の3第1項1号)。
このように贈与税や相続税の課税対象となるケースがあるので、相続税対策を目的として家族信託を組成することはあまりお勧めできません。
5.家族信託の手続きはどうするの?
家族信託は、次のいずれかで行います。
- 委託者と受託者の信託契約
- 委託者の遺言
それ以外に特別な手続が必要なわけではありませんが、信託契約の場合は、契約後、不動産の名義を受託者に移転することを忘れないようにしてください。
6.どんな場合に使うといいの?
家族信託の利用が向いていると言えるケースは次のような場合です。
- 資産維持だけでなく運用・活用を希望
- 信頼する家族の資産承継が希望
- 他人を資産管理に関与させたくない
- 裁判所や公証役場は使いたくない
- 元気な今の間に資産承継をしておきたい
- 二次相続にも備えたい
- 相続後の遺産の使い途も決めておきたい
- 相続した者の借金で遺産が奪われないようにしたい
- 家族の仲が良く、十分な話合いができる
7.まとめ
家族信託は新しい資産承継方法で、まだ馴染みのないものと言えます。
家族信託を考えている方には、信託法を含む法律の専門化である弁護士に相談されることをお勧めします。