遺留分の放棄を記した念書は有効か?

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一般の方にとって、相続手続きにおける遺留分の侵害や放棄などのテーマは、あまり馴染みがないかもしれません。しかし、相続人どうしの関係が希薄だった場合や不仲、家業を特定の人に継がせたい場合には、遺留分が問題になることがあります。

本稿では、遺留分を放棄するための手続きとその効果、遺言や遺産分割協議における向き合い方などを説明します。

相続手続きの中でも、遺留分の実務はかなり難しいものになります。それは、実質的には相続人間における利害対立を内在しているからです。実際に本稿で説明するような事態に直面している場合には、詳しい専門家にご相談することをおすすめします。

1.遺留分について

遺留分というのは相続人にとっては財産権であり、遺留分が問題になる多くのケースは、その権利が侵害された場合です。従って、民法では遺留分が侵害された場合の扱いについて、多くの条文を定めていますが、ここでは、ポイントをしぼって説明します。

1-1.遺留分減殺請求権

被相続人が相続人の遺留分を侵害する遺言をしていたときに、その相続人にとっては、どのような対応の選択肢があるでしょうか。

一つは、その遺言どおりの遺産分割を受け入れて、相続手続きを完了する、です。

二つ目は、遺言の内容をもとに遺留分侵害の有無を確認して、侵害された額(削られた分)を取り戻す手続きをすることです。この二つ目の手続きを「遺留分減殺請求」といいます(民法1031条)。

遺留分減殺請求は相手方(減殺の対象とされる遺贈・贈与の受遺者・受贈者等とその包括承継人)に対して、減殺の対象を特定して意思表示します。遺留分減殺請求の効果は、意思表示をしただけで減殺の効力が生ずるといわれており、大変強力なものです。

しかし、これは請求された側との利害関係が正面からぶつかるため、家事調停や審判、さらには裁判ということにもなりかねません。そのため、遺留分減殺請求をする際には、その証拠能力を確保するために、通常は内容証明郵便を利用して相手方に送付します。

2.遺留分放棄の正しい手続き

遺留分が問題になる多くのケースでは、その権利が侵害された場合であり、自ら遺留分を放棄するというのは、例外的と想定されます。従って、遺留分の放棄については、民法では第1043条の1か条のみが用意されています。以下に、遺留分放棄の意義や手続きについて説明します。

2-1.遺留分の放棄とは

遺留分というのは、相続人にとっては遺産の最低限の取り分である財産権です。その遺留分を放棄するということはその財産権を放棄して、相続人が損失を被ることを受け入れることです

ただ、その相続人が被相続人の生前に多額の資金の贈与を受けていたなどの理由により、本人の意思で遺留分を放棄することは何ら問題ありません。相続開始後に、その相続人が遺留分減殺請求をしなければ、現実的に遺留分を放棄したことになります。しかも、遺留分減殺請求の権利は相続開始から1年で消滅時効にかかるため、早期に権利関係が確定します。

一方、何等かの事情で、特定の相続人に遺留分の放棄を約束させたい場合には、何等かの手続きが必要になります。

まず思いつくのは、その人に「遺留分は放棄します」とした文書に署名してもらうことです。いわゆる念書*をとる、という方法。相続手続きも民事の手続きなので、契約書と同じように当事者間で合意すれば有効ではないのか、と思われますが、果たしてそれは有効でしょうか。

念書* 何らかの約束をしたときに、その内容を文書にして自署押印などして、相手側に差し出すものです。「借用書」などが代表的なものです。裁判等で争いになったときの証拠として利用されます。

2-2.遺留分放棄の念書は有効か

遺留分放棄を考えるのは、どのような場合でしょうか。

例えば、親が長男に家業を継がせたいという場合に、他の兄弟に一定の財産を与えた上で遺留分を放棄してもらう、ということが考えられます。しかし、親の生前には、兄弟も仲がよく、長男に家業を継がせることを了解していても、親が亡くなったあとに不仲にならないとも限りません。

そこで親が長男以外の子供たちに『「遺留分は放棄する」という念書を書いて出しなさい』と言って、念書を取ったとします。その上で、親は家業に関わる財産一式を長男に相続させる趣旨の遺言書を作成します。その後、親が死亡して遺言書が開封され、遺言執行者により遺産分割が行われます。と、そのときに、ある相続人が遺留分減殺請求をしたらどうなるでしょうか。

親の生前に遺留分を放棄する念書を作成しているので、家事審判などの場でも、遺留分減殺請求が却下されるか、ということが問題になります。通常は、当事者間で交わした遺留分放棄の念書には効力がないと考えられており、裁判所がその念書を遺留分放棄の証拠として採用する可能性は低いでしょう

2-3.家庭裁判所による許可

ここで、遺留分の放棄を定めている民法第1043条を確認しましょう。条文は次のとおりです。

第1043条

  1. 相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生ずる。
  2. 共同相続人の1人のした遺留分の放棄は、他の共同相続人の遺留分に影響を及ぼさない

改めて条文を解説するまでもなく、「相続の開始前における遺留分の放棄」には「家庭裁判所の許可」が必須ということです。

相続という私人間の手続きにおいて、なぜ裁判所の許可を得る必要があるのでしょうか。それは、当事者の自由な判断にゆだねると、被相続人等が遺留分を持つ相続人に圧力を加えて遺留分を放棄させ、不当な結果になるおそれがあるからです。そこで、家庭裁判所のチェックを経ることによってそれを防止しようという趣旨です。従って、許可の申立てさえすれば当然に許可がでるわけではありません。

過去の審判例にみる許可の判断基準は概ね次のとおりです。

  • 放棄が遺留分権利者の自由意思に基づいてなされているか
  • 放棄理由に合理性があるか
  • 放棄の代償が支払われているか等

なお、被相続人の死亡後、すなわち相続開始後には、遺留分放棄の許可という手続きはありません。それは、遺留分を侵害された相続人は、侵害分を取り戻そうと思えば、遺留分減殺請求をすればよいし、取り戻す気がなければ遺産分割協議においてその旨を意思表示すればよいわけです。

2-4.遺留分放棄の撤回

遺留分放棄について、家庭裁判所で得た許可を後日、撤回できるかという問題もあります。

家庭裁判所の許可というのは、同じ「許可」という表現を使用していますが、行政庁が出す「営業許可」や「開発許可」などとは違い、判決と同じ効果をもつ「審判」です。従って、遺留分放棄の許可を撤回する、ということは当初の審判を取り消してもらうことです。

遺留分放棄の許可を得たときには、裁判所で様々な事情を考慮し、申立人の自由意思等を確認しています。従って、その許可(審判)を取り消すためには、改めて遺留分放棄の前提となっていた事情が変わったのかなどの事実関係を確認した上で、そこに一定の合理的な理由ありと判断されれば審判を取り消しうるといわれています

3.遺留分放棄と相続放棄の関係など

遺留分を放棄したら、その効果はどのようなものか、相続放棄との違いとは、遺言や遺産分割協議にはどう向き合えばよいか、など実際の対応についてご説明します。

3-1.遺留分放棄の効果

家庭裁判所の許可を得た遺留分の放棄には、どのような効果があるのか。

相続開始前に許可を得るということは、相続開始後にその内容に沿って現実に遺産分割手続きができるということです。それは、遺留分放棄の許可を得た人が、相続開始後に遺留分減殺請求をすることができるか、ということでもあります。

遺留分減殺請求の手続きは、裁判外でも行うことができるため、請求自体は可能でしょう。しかし、このような場合には、当事者間で争いになるため家庭裁判所の調停や審判に持ち込まれるでしょう。そうすると、既に確定している「遺留分放棄の許可(審判)」が証拠としての効力を発揮して、遺留分減殺請求は認められない、という審判になると想定されます。

このように、遺留分放棄の許可は、相続開始後に相続人間で争いが発生したときに、強い効果を発揮します。

3-2.相続放棄との違い

「〇〇放棄」という手続きは、遺留分放棄の他に相続放棄があります。似たような内容なので混同しがちですが、その違いを理解しておきましょう。

遺留分の放棄とは、相続開始後に、自らの相続分が遺留分より少ないことが判明しても、その不足分の請求を放棄するということです。

一方、相続放棄というのは、相続人の身分から離脱する、ということです。従って、遺留分を放棄しても代襲相続(自分の子に相続権が移転すること)は有効ですが、相続放棄をすると、自分の相続人(子など)には、代襲相続は生じません。

ただし、被相続人の遺産が債務超過になっているような場合には、遺留分を放棄しても、被相続人の債務部分は法定相続分に応じて相続人に割り振られるため、注意が必要です。

3-3.遺言や遺産分割協議との関係

相続開始前に遺留分放棄の許可を得た人にとって、相続開始後の遺言執行や遺産分割協議にはどう向き合えばよいのでしょうか。

特に従前と事情変更がなければ、遺言執行者に粛々と遺言を執行してもらうことになります。また、遺言書がない場合には遺産分割協議を行いますが、その場合は、相続開始前に合意した内容に沿って協議の内容をまとめることになるでしょう。相続人間で話がまとまれば、遺留分を放棄した人も、通常の相続分を受け取ることができます。

このように遺留分を放棄したからといって、遺産を受け取れないわけではありません。以上のとおり、遺留分放棄の許可を受けた人は、相続開始後には自らの遺留分が侵害されていても、それを取り戻すような意思表示をしない、ということが基本になります。遺留分放棄の許可が顔を出すのは、相続人の間で争いになったときであり、そうでないときは、特に問題になることはありません。

4.まとめ

遺留分放棄の念書は有効か?というテーマから、遺留分の扱いについて、種々ご説明してきました。遺留分は被相続人の最終的な意思表示である遺言をもってしても侵すことのできない、強い権利です。そのため、遺留分の放棄については、家庭裁判所の許可という法定の手続きが定められており、司法が介入して遺留分権利者の立場を保護することとしています。

遺留分放棄の「許可」という語感から、許可=何等かの権利を得る、と勘違いしそうですが、これは「遺留分減殺請求をしないことを許可する」という、私権の制限になります。 このように、遺留分の扱いについては、様々な難しい問題もあるため、その手続きを検討されている方は、詳しい専門家に相談して、慎重に対応することをおすすめします。

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