死亡保険金は相続放棄しても受け取れる?受領後に相続放棄できる?

相続はプラスの財産だけでなく、マイナスの財産である負債も引き継いでしまいます。これを避けるためには、基本的には相続放棄をするしかありません(民法939条)。
では、相続放棄すると死亡保険金はどうなるのでしょうか。
この記事では、死亡保険金は相続放棄しても受け取れるのか、既に受け取った場合はどうなるか、解約返戻金の扱い等を、死亡保険金の受取人の指定パターンに応じて解説します。
なお、死亡保険金と生命保険金はほぼ同義に用いられることが多いため、この記事では、亡くなったときに受け取れる保険金について「死亡保険金」と統一します。
目次
1.死亡保険金の扱いは、受取人の指定で異なる
前提として、相続放棄すると相続する権利を失います。
したがって、生命保険の死亡保険金を受け取ることができるかどうかは、その死亡保険金が相続の対象となる「相続財産」か否かによります。
死亡保険金が「相続財産」であれば相続放棄で受け取れなくなりますし、「相続財産」でなければ相続放棄しても受け取れます。
そして、死亡保険金が相続財産か否かは、その保険契約で受取人がどのように指定されているかによって異なります。
受取人の指定の仕方には次の3つがあり、結論だけ言えば下の図のとおりになります。
以下では、それぞれのパターンについて何故そうなるのか、注意点等を解説していきます。
2.受取人を個人名で指定している死亡保険
よくあるケースで、保険金の受取人を「相続 太郎」のように被相続人以外の個人名で指定している場合です(被相続人が指定されている場合は4でご説明します)。
この場合は死亡保険金は相続財産ではありませんので、相続放棄しても受け取ることができます。
2-1.なぜ相続放棄しても受け取れる?
受取人を指定した保険契約は、被相続人(保険契約者)と保険会社との間で、受取人に「ある権利」を与える合意が成立しています。
「ある権利」とは、「被相続人(被保険者)が死亡したときに、受取人が保険会社に対して直接に死亡保険金を請求する権利」です。
具体例
保険会社B社
受取人C
死亡保険金1000万円
保険はAとB社の間で契約されますが、AB間で、「Aが死んだらCがB社に1000万円を請求する権利」をCに与えると合意するのです。
契約するABからみれば、Cは第三者にもかかわらず、利益を受け取ることになりますので、このような契約を「第三者のためにする契約」と呼びます(民法537条)。
受取人を特定の個人に指定した保険契約は、この第三者のためにする契約なのです。
2-2.第三者のためにする契約と保険法
この第三者のためにする生命保険について、保険法では次のように定められています。
保険金受取人が生命保険契約の当事者以外の者であるときは、当該保険金受取人は、当然に当該生命保険契約の利益を享受する。
これは、第三者のためにする契約であることを前提として、生命保険では受取人が「利益を享受する意思」を表示することさえ不要で、「当然に」保険金を請求する権利を取得するとしているわけです。
このように、当然に取得する権利ですから、相続とは無関係です。生命保険の死亡保険金の受取人に指定された人は、保険金を受取る固有の権利を取得することになります。
被相続人の死亡という事実が条件となっているために、一見、相続によるものと間違えそうです。
しかし、受取人の権利は「相続」によって発生したのではなく、生命保険契約という第三者のためにする契約によって発生したもので、被相続人の死亡は契約内容の条件のひとつに過ぎないのです。
そして、この結論は、受取人として指定された特定の個人が相続人であっても、相続人以外の人であっても変わりません。
したがって、受取人を「鈴木太郎」のように被相続人以外の特定の個人名で指定している死亡保険金は、相続放棄をした人でも受け取ることができます。
以上の点は、判例も同じ考え方をしています(最判平成14年11月5日、最決平成16年10月29日など)。
3.受取人を「相続人」と指定している契約
受取人が「相続人」としか指定されていない契約もあります。
保険証券の受取人欄に「相続人」と記載した場合だけでなく、あらかじめ約款に「被保険者死亡の場合はその相続人が受取人になる」と定められた養老保険の場合等もあります。
この場合も相続財産とならず、受取人は相続放棄しても死亡保険金を受け取れるのが原則です。
3-1.なぜ「相続人」と書かれて放棄しても保険金を受け取れる?
このケースでは、契約が先のケースと同様の「第三者のためにする契約」に該当するかどうかが問題になります。
仮に、受取人を「相続人」とした契約が、「被相続人がいったん権利を取得し、改めて相続人に相続させたい」という趣旨であるとすれば、第三者のためにする契約ではありません。
しかし、直接に権利を取得させることができるのですから、通常は、あえて遠回しな方法を選択する意思はないでしょう。
そこで、受取人に指定された「相続人」とは、特定の人を指していると考えられます(最判昭和40年2月2日)。
3-2.「相続人」はどの時点の相続人か
では指定された「相続人」が受取人として直接権利を得るとして、どの時点の「相続人」なのでしょうか。
以下の2つが考えられます。
- 保険契約時点の推定相続人
- 死亡時点の法定相続人
これについては、特別の事情がない限り、「死亡時点の法定相続人」とされています(前掲最高裁判決)。
したがって、受取人を「相続人」と指定している契約の場合、死亡保険金は相続財産ではないので、相続放棄をした人も受け取ることができます。
4.受取人が被相続人(被保険者)自身としている契約
レアケースですが、この場合だけは死亡保険金が相続財産となるとするのが一般的です(家族法判例百選4版169頁)。
つまり、相続放棄すると受け取れなくなります。
契約の当事者である被相続人(被保険者)自身が受取人なので、保険会社は、被相続人自身に死亡保険金を支払う義務を負っています。
しかし、被相続人は亡くなっているため、相続人はがこの権利(死亡保険金請求権)を「相続」によって引き継ぐことになるのです。
したがって、被相続人(被保険者)自身を受取人としている死亡保険金は、相続財産ということになり、相続放棄をした人が受けとることはできません。
ただ、死亡保険金は家族に残すために契約することが通常ですから、受取人を被相続人自身とするケースはほとんどないと言われています。
【ここまでのまとめ】
受取人として「被相続人」自身が指定されている場合以外は、原則として相続放棄しても生命保険の死亡保険金を受け取ることができる。
5.死亡保険金を受け取った後に相続放棄できるか
では、死亡保険金を受け取ってしまった後で、相続放棄をすることはできるのでしょうか。
問題は単純承認となるか否かです。
死亡保険金の受け取りが単純承認となれば相続放棄はできず、単純承認でなければ相続放棄できます。
5-1.単純承認とは
相続人は、3ヶ月の熟慮期間内であれば(民法915条1項)、相続放棄を行うことで遺産の権利義務から免れたり、限定承認を行うことで相続する債務(借金等)を遺産の範囲内に限定したりすることができます(民法922条)。
つまり3ヶ月の熟慮期間内は、相続の効力は未だ不確定なのです。
単純承認とは、この不確定な相続の効力を確定させる制度です。
単純承認をした相続人は、財産を相続すると同時に、被相続人の債務も承継しなくてはならず、もはや相続放棄はできません(民法920条)。
5-2.単純承認となる行為
では、相続人が死亡保険金を受け取ったら、それは単純承認となるのでしょうか。
民法は、単純承認となる行為として次のように規定しています。
次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。(以下略)
そこで、相続人が死亡保険金を受け取ることが「相続財産の全部又は一部を処分したとき」にあたるかが問題です。
5-3.死亡保険金が相続財産でなければ単純承認とならない
これまでご説明してきたように、死亡保険金が相続財産となるのは、被相続人自身が受取人となっている契約だけです。
したがって、それ以外のケースでは死亡保険金は相続財産ではないので、相続人が死亡保険金を受け取っても単純承認にはあたらず、相続放棄できます。
死亡保険金が相続財産の場合は単純承認となる
他方、被相続人自身が受取人となっている保険契約では原則として単純承認にあたります。
単純承認は、相続する意思の表明であると理解するのが一般的です。
「相続財産の全部又は一部を処分」する行為も、相続する意思の表れた行為として単純承認になるということです。
典型的には、遺産の不動産を売却してしまったとか、遺産の現金を使ってしまったなどの行為が、単純承認となるパターンですが、被相続人の債権を取立てて受け取った行為も「処分」として単純承認にあたります(最判昭和37年6月21日)。
では、死亡保険金の受け取りはどうでしょうか。
死亡保険金を受け取るには、保険会社に対し保険金請求書を提出して請求します。
被相続人が受取人となっている場合は、死亡保険金の請求権を相続した相続人として請求するので、自分が相続したことを証明するための戸籍謄本類も添付資料として提出します。
保険会社は、書類を点検し、請求者が相続人であることを確認してから相続人名義の口座に送金して支払うのです。
このような相続人の行為は、まさに相続する意思を表明したものと言えるでしょう。
したがって、被相続人が受取人となっている契約の死亡保険金を受け取る行為は、相続財産の処分行為に他ならず、単純承認と認められるため、原則として相続放棄はできなくなります。
5-4.相続放棄したいなら、被相続人が受取人の死亡保険は受け取らない
ただし、処分行為と言えるかどうか、相続財産全体の規模や各種の事情を考慮して判断するべきだという意見も強くあります。
被相続人の預金を解約して墓石の費用にあてた行為は処分行為だとして相続放棄を許さなかった第一審をくつがえして、相続放棄を認めた高裁の裁判例もあります(大阪高決14年7月3日)。
このように、厳密には、常に必ず相続放棄できなくなるとまでは言えず、事案による個別判断となります。
ただ、古いとはいえ上記昭和37年の最高裁判例があり、相続放棄が認められなくなる危険性を考えれば、被相続人が受取人となっている場合は、安易に死亡保険金を受け取るべきではありません。
どうしてもこのような契約の死亡保険金の受取りが必要な場合は、相続放棄できないことを覚悟するべきか、弁護士に相談することをおすすめします。
6.その他の保険金などについて
6-1.生命保険契約の解約返戻金
生命保険契約の解約返戻金は、保険契約を解約した後に、支払い済みの保険料等を精算して支払われるもので、保険契約の当事者が受領する金銭です。
被相続人が生前に生命保険の解約手続をおこなっていたときに、その解約返戻金の実際の支払時期が被相続人の死亡後であっても、それは被相続人が受け取るべき金銭ですので、解約返戻金は相続財産です。
したがって、解約返戻金を受領すると単純承認となり、相続放棄できなくなります。
6-2.医療保険の入院給付金など
医療保険の入院給付金は、被保険者が入院したときに、日数などに応じて一定の金額が支払われるものです。
生命保険と同様に、受取人を被相続人自身ともできますし、家族などとすることも可能です。
したがって、医療保険の給付金が相続財産となるかどうかは、死亡保険金と同様に受取人の記載次第です。
まとめ
生命保険の死亡保険金の受取人は、ほとんどの場合、被相続人以外の者ですから、相続放棄しても受け取ることができます。
ただ、死亡保険金は相続人同士の争いになりやすい問題です。
ご自分が受取人になっていたという方、他の相続人が受け取った方など、不安があれば一度弁護士に相談してみましょう。