相続放棄したら遺族年金や未支給年金を受給できるの?

亡くなった人の財産は、遺族が相続することになります。
「財産」には借金も含まれます。そこで、相続する借金がプラスの財産を超えるなど相続したくない場合には、相続放棄を行うことが考えられます。
一方で、亡くなった親族が公的な年金制度に加入して保険料を支払っていた場合には、相続放棄を選択すると、遺族年金や未支給年金の受給ができるのかどうかという問題が生じます。
ここでは相続放棄を行う時の年金受給権の扱いについて解説させていただきます。
目次
1.遺族年金・未収年金の受給要件
最初に、遺族年金と未収年金の受給要件について触れておきましょう。
遺族年金とは、公的年金制度に加入していた人が亡くなった場合に、遺族に対して支払われる年金のことで、次の2種類があります。
- 国民年金に加入していた人:遺族基礎年金
- 厚生年金に加入していた人:遺族厚生年金
遺族基礎年金の受給要件
被相続人の要件
遺族基礎年金を受け取るには、被相続人が次のいずれかに該当する必要があります。
- 国民年金の被保険者である間に死亡したとき
- 国民年金の被保険者であった60歳以上65歳未満の方で、日本国内に住所を有していた方が死亡したとき
- 老齢基礎年金の受給権者であった方が死亡したとき
- 老齢基礎年金の受給資格を満たした方が死亡したとき
遺族の要件
国民年金に加入して一定期間保険料を支払っていた人が亡くなった場合、その人の遺族が年金を受け取ることができます。
遺族年金を受け取れる人
- 子のある配偶者
- 子
子について
- 18歳の誕生日以降、最初に到来する3月31日を経過していない子
- 20歳未満で障害年金の障害等級1級または2級に該当する程度の障害のある子
【参考】「遺族基礎年金(受給要件・対象者・年金額)」|日本年金機構
遺族厚生年金の受給要件
遺族厚生年金は、厚生年金に加入していた人が亡くなった場合に、遺族の人に対して支給される年金です。
遺族年金の制度はいわゆる「二階建ての制度」となっており、厚生年金に加入していた人は、上で説明させていただいた国民年金の遺族基礎年金と、厚生年金の遺族厚生年金の両方を受け取ることができます。
被相続人の要件
被相続人については、次のうちいずれかを満たしている必要があります。
- 厚生年金保険の被保険者である間に死亡したとき
- 厚生年金の被保険者期間に初診日がある病気やけがが原因で初診日から5年以内に死亡したとき
- 1級・2級の障害厚生(共済)年金を受けとっている方が死亡したとき
- 老齢厚生年金の受給権者であった方が死亡したとき
- 老齢厚生年金の受給資格を満たした方が死亡したとき
遺族の要件
遺族厚生年金は、以下の順位に従って受け取る権利を取得することができます。
- 第1順位:亡くなった方の配偶者または子供
- 第2順位:亡くなった方の父母
- 第3順位:亡くなった方の孫
- 第4順位:亡くなった方の祖父母
【参考】「遺族厚生年金(受給要件・対象者・年金額)」|日本年金機構
1-2.未支給年金の受給要件
未支給年金とは、被相続人が受け取るはずであった年金の支給前に亡くなってしまったために、遺族に対して支払われる年金のことです。
被相続人の要件
- 年金を受け取る前に亡くなったとき
- 年金(※)を受け取る権利はあったが、請求しないうちに亡くなったとき
※老齢基礎年金、障害基礎年金、遺族基礎年金、寡婦年金の場合
遺族の要件
未支給年金は、以下の順位に従って受け取る権利を取得することができます。
- 第1順位:亡くなった方の配偶者
- 第2順位:亡くなった方の子供
- 第3順位:亡くなった方の父母
- 第4順位:亡くなった方の孫
- 第5順位:被相続人の祖父母
- 第6順位:被相続人の兄弟姉妹
- 第7順位:上記以外の被相続人の3親等内の親族
【参考】「年金を受けている方が亡くなったとき」|日本年金機構
遺族は、「自己の名で」未支給年金を請求することができます(国民年金法19条)。
2.遺族年金・未収年金をもらっても相続放棄可能
相続放棄は、遺産を一切相続しないという意思表示を行うことです。遺産分割協議を行ったり、遺産を処分したりすると、「単純承認」とみなされてしまい、相続放棄ができなくなってしまうこともあります。
では、遺族年金や未支給年金を受け取った場合のは扱いは、どうなるでしょうか?
2-1.遺族年金・未収年金を受け取っても相続放棄は可能
遺族年金や未支給年金を受け取ったとしても、単純承認とみなされて、相続放棄ができなくなることはありません。
その理由は、遺族年金や未支給年金を受け取ることができる「受給権」は遺族自身の権利であり、相続によって受け取るわけではないからです。
遺産相続には関わりたくはないから相続放棄をするけれど、遺族年金だけは受け取るという選択は可能ということになります。
2-2.介護保険や健康保険の還付金の受け取りには注意!
ただし、介護保険や健康保険の還付金の受け取り手続きを行ってしまうと、単純承認とみなされて相続放棄ができなくなってしまうと解されています。
遺族年金や未支給年金とは違い、介護保健や健康保険の還付金については明確な法律がなく、被相続人の財産であると解されるため、受け取ると、相続放棄できなくなる可能性があるのです。。
そのため、相続放棄後に還付金請求を行ったときには、その相続放棄が無効となってしまう可能性もあります。
3.その他相続放棄をしても受け取れるもの
遺族年金や未支給年金以外にも以下のようなものであれば受け取っても単純承認とはみなされず、相続放棄をすることができます。
3-1.葬祭費、埋葬料
亡くなった方が健康保険に加入していた場合には、次の名目で給付金が支給されます。
- 国民健康保険:葬祭費
- 健康保険:埋葬料
これらの給付金を申請しても単純承認に当たることはありません。したがって、相続放棄を行うことを考えている方もこれらの給付金を受け取ることができます。
3-2.死亡保険金
亡くなった方を被保険者として生命保険に加入していた場合には、遺族に対して死亡保険金が支払われます。
この死亡保険金についても法律上は「相続財産」ではなく、「遺族固有の権利」として扱われるため、相続放棄をしても受け取ることができます。
ただし、死亡保険金は「相続財産」ではないものの、「みなし相続財産」として相続税の課税対象となります。
4.相続放棄の判断がケースにより分かれるもの
以下の2つについては受け取る人が誰かや、支給を行う側の組織の規定によって相続放棄に影響を与えるかどうかの判断が異なります。
そのため、相続放棄を行うことを考えているものの、これらのお金を受け取る権利があると言う場合には弁護士や司法書士などの専門家にアドバイスを受けるようにしましょう。
4-1.高額医療費
高額療養費とは、1ヶ月に負担している医療費が一定額以上になると、超えた分の金額が公的医療保険(国民健康保険や健康保険)から後で払い戻される制度のことです。
この高額療養費を受け取ることが単純承認に該当するかどうかは、受け取る人が誰かによって判断が異なります。これは、国民健康保険であっても、健康保険(協会けんぽ)であっても変わることはありません。
世帯主の高額医療費を受け取ると相続放棄できなくなる可能性
高額療養費は世帯主に対して支払われるものです。
そのため、亡くなったのが世帯主である場合には高額療養費は亡くなった方の遺産として扱われます。
世帯主以外の人が高額療養費を受け取ってしまうと単純承認に該当し、相続放棄ができなくなってしまうと考えられます。
世帯主以外の高額医療費は受け取っても相続放棄できる可能性
亡くなったのが世帯主以外の場合には、世帯主が高額療養費を受け取っても自身に固有の権利によってお金を受け取ったに過ぎないため単純承認には該当しないと考えられます。
4-2.死亡退職金
死亡退職金を受け取ることが単純承認に該当するかどうかは、亡くなった人が勤めていた企業の退職金に関する規定から判断されます。
退職金の規定がある場合
最高裁判所の判例によると、退職金の規定が「民法の規定する相続人の順位決定の原則とは著しく異なつた定め方がされている」場合には、この規定により「直接これを自己固有の権利として取得するものと解するのが相当」であり、受給者の固有の権利であるとしています(最判昭和55年11月27日)。
このような規定がある場合には、相続放棄をしても死亡退職金を受け取ることができることになります。
退職金の規定がない場合
一方で、退職金の支給規定が全くない場合や、単に「相続人に支給する」などといった文言があるだけといった場合には、判断に迷うことになります。
こうした場合の判断には、判例の基準を参考にしながら判断する必要があるため、事前に支給を受けても相続放棄ができるのかを専門家に相談するようにしましょう。
5.まとめ
以上、相続放棄をすることを考えている方が遺族年金や未支給年金を受け取る場合に注意しておくべきポイントについて解説させていただきました。
遺族年金や未支給年金を受け取ることは単純承認には該当しないため、これらのお金を受け取っても相続放棄を有効に行うことは可能です。
ただし、高額療養費や死亡退職金などは、受け取りや請求をしたときに相続放棄の効力に影響を与えてしまうものがありますから注意が必要です。
万一、相続放棄ができなくなると、亡くなった方が残した借金を負担せざるを得なくなったり、多額の相続税の支払いを行わなくならなくなったりといった不利益を被る可能性があります。
これらの問題については何らかのアクションを起こす前に、弁護士や司法書士といった法律の専門家に相談しておくことをおすすめします。