【図解】法定相続人の範囲と相続分|相続できる人が一目で分かる
親族の中で相続人になれる範囲や優先順位、その人がもらえる相続分は民法で決まっています。「結局誰がどれくらい相続できる…[続きを読む]
今回は、「胎児の相続」に関するテーマです。
民法上、子に相続させることはできますが、お腹の中にいる赤ちゃんも「子」として認めることはできるのでしょうか。
本記事では、まだ見ぬ我が子に相続させることはできるのか、わかりやすく解説していきます。
結論から申し上げて、胎児も相続できます。
ただし、母親のお腹の中にいる間は相続できません。
どうせ生まれるまで相続できないのに、「胎児も相続できる」というのはどういうことでしょうか。
図解すると、こうなります。
胎児は生きて生まれた場合に限り、被相続人の死亡時点(相続が発生する時点)にさかのぼって、胎児の段階からすでに相続していたと「みなされる」のです。
※どうしてわざわざこんなに面倒くさい考え方をするのか気になる方は、本記事の最後をお読みください。
胎児は出生して初めて相続人だったと扱われるだけで、実際に胎児の段階では、他の相続人は胎児を相続人として扱う必要はありません。
ゆえに胎児が生まれてくる前に他の相続人だけで遺産分割を行ってしまうことも、事実上可能です。
しかし、遺産分割協議を成立させたとしても、その後、胎児が生きて出生すれば、さかのぼって「相続人であった」と扱わなくてはなりません。そうすると、胎児が生まれてくる前の遺産分割は相続人の一部が合意していない遺産分割となり、協議の全てが無効となります。
あらためて胎児だった子を参加させて、遺産分割のやり直しをする必要があります。
このようなことを考慮して、まだ遺産分割の手続きをせず、胎児の出生を待ちましょう。
ただし、もちろん胎児が元気に生まれることを前提に、下準備として親族間の話し合いを進めておくことは問題ありません。
胎児が生きて無事に生まれ、相続人だったと扱われる場合は、「子」として法定相続人となるので、その法定相続分(相続する権利の割合)は、次のとおりとなります(民法900条1号、4号)。
また、被相続人に遺言や生前贈与がある場合でも、胎児だった子どもには遺留分が保障されています。遺留分は法定相続分の半分です(民法1042条2号)。
繰り返しますが、胎児が母親のお腹にいる間は相続人ではありません。
したがって、お腹にいる間に、遺産である預貯金や不動産の名義を胎児の名義に変更することはできません(そもそも生まれていないので、戸籍も名前もありませんから、「名義」変更は不可能とも言えます)。
あくまでも生きて生まれてきてから、具体的な相続の手続を行うことになります。
とても悲しいことですが、もしも流産・死産の場合は、生きて生まれるという条件が成就していないので、相続人とは扱われません。
胎児が死産であったときには、もともと出生前の胎児は相続人ではないので、相続関係には何も影響は与えないことになります。
そして、こういった流産・死産の場合においては、胎児の分を考慮せず、他の相続人だけで先に遺産分割を決めてしまっていたとしても、生きて生まれなかった以上、その遺産分割に影響はありません。
さて、胎児が無事生まれた後の遺産分割は、どのように行うのでしょうか。
胎児が無事に赤ちゃんとして生まれてきたら、遺産分割の協議・手続を開始しますが、もちろん赤ちゃんは自分で意思決定をする能力がありませんから、代理人が必要です。
本来、未成年者の親権者が法定代理人として代理人となりますが(民法824条)、遺産分割の場面では異なります。
遺産分割では、母親などの親権者も同時に法定相続人となっているので、新生児の相続が増えれば母親の相続が減るというように、新生児と親権者の利害が対立することになります。
このような場合は、「利益相反行為」として、親権者は家庭裁判所に請求して、弁護士などの第三者を特別代理人として選任してもらい、新生児の代理人として遺産分割に参加してもらう必要があります(民法826条1項)。
しかし、もし母親などの親権者が相続放棄をしてしまえば、利益相反とはならないので特別代理人の選任は不要です。
利益相反については下記記事をご参照ください。
胎児がお腹の中にいる間は、相続人ではないので、相続放棄はできません。
出生すればさかのぼって相続人と扱われるので、新生児になれば相続放棄が可能です。
相続放棄には、家庭裁判所に対する相続放棄の申述(民法938条)が必要となりますが、これも母親などの親権者が法定代理人として代理で申述することになります。
遺産分割の場合と同様、母親などの親権者も同時に法定相続人となっているため、新生児と親権者の利害が対立する場合は、特別代理人の選任が必要です。
この場合も、母親などの親権者が相続放棄をしていれば、利益相反とはならず、特別代理人の選任は不要です。
胎児も相続できることや、遺産分割では特別代理人が必要なことをご説明してきました。
ご自分の赤ちゃんや子供の相続について心配な方は、是非一度弁護士にご相談ください。
これまで見てきたように、胎児も生きて生まれた場合に限って、相続人であったとみなされます。ここからは、より詳しく勉強したい方のために、胎児が相続できるという結論に至る法的理論をご説明いたします。
本来、相続制度には大原則として「同時存在の原則」というものがあります。
この原則によると、相続は、被相続人の権利義務を相続人が承継する制度ですから、被相続人が死亡して相続が発生した時点で、権利義務の主体としてこの世に存在している者しか相続人になれません。
たとえば、父親が死亡した場合のその子どもへの相続について、父の死亡時よりも前に子どもが死亡していれば、その子どもが相続人になることはありません。相続が発生する段階で子どもがこの世に存在していないからです。
飛行機の墜落事故などで、父親と子どもが全く同時に死亡した場合も同様です。
この原則を考慮すると、胎児は生まれてくるかどうかが不安定な状態にあり、この世に存在しているとはいえませんから、相続はできないように思えます。
そもそも、人は「出生」によって「権利義務の主体となる能力」を獲得します(民法第3条1項)。これを「権利能力」と言います。
「出生」とは、胎児の身体が母体から全部露出することと理解されています(全部露出説と言い、通説です(※))。
胎児は「出生」していませんから、本来「権利能力」を獲得することはできません。
つまり、民法の大前提からすれば、胎児は相続人にはなれないはずなのです。
しかし、相続開始時点で懐胎している胎児は、高確率で数ヶ月後には出生し権利能力を獲得するはずの存在です。それなのに、被相続人の死亡時に、まだ出生していなかったという理由で相続を認めないのは不公平です。
そこで民法は、相続については、胎児に関するこんな特別な規定を設けました。
民法第886条
1項 胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。
2項 前項の規定は、胎児が死体で生まれたときは、適用しない。
※ちなみに、いつから「胎児」となるのかも問題ですが、これは「受胎時(受精卵の子宮内着床以降)」と理解されています(『刑法各論講義第5版』前田雅英・東京大学出版会93頁、『刑法各論第2版』山口厚・有斐閣18頁)。
民法第886条1項の「胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす」という文言の解釈をめぐっては、次の2説があります。
ひとつは、最初にご紹介した「胎児はお腹の中にいる間は相続することはできないが、生きて出生したときに限り、相続発生時にさかのぼって相続人であったとみなす」という考え方で、これが一般的に支持されています。
生きて出生したことを条件として相続の効力が生じると理解するので停止条件説(※)と呼ばれます。
※成就したときに法的な効力が発生する条件を停止条件と言います(民法127条1項)。
この停止条件説の考え方では、他の相続人は胎児を相続人として扱う必要はありませんから、他の相続人だけで遺産分割を行うことが可能です。
ただし、上でご説明してきたとおり、胎児が生きて無事に生まれたら、その遺産分割は無効になります。
もうひとつの考え方は、胎児はお腹の中にいる間にも相続することができるという考え方です。
先ほどとは逆に、胎児が流産や死産だった場合にのみ、相続開始時点にさかのぼって「相続人でなかった」と取り扱われます。
この考えは、死産だったことを条件として相続の効力が消滅すると理解するので解除条件説(※)と呼ばれます。
※成就したときに法的な効力が消滅する条件を解除条件といいます(民法127条2項)。
この解除条件説では胎児は母親のお腹にいる段階ですでに相続人となっています。したがって、遺産分割協議に参加することもできます(逆に言えば、胎児を参加させないと遺産分割できません)。この考え方からは、母親など親権者が法定代理人として遺産分割協議に参加すればよいと主張されます。
この考え方では、胎児が生きて生まれた場合には、すでにもともと相続人であったので相続関係に変動はありません。
逆に死産だった場合には、さかのぼって相続の効力が消滅しますので、仮に母親等が法定代理人として遺産分割を成立させていたとしても、それは相続人でない者を参加させた遺産分割となるので無効となってしまいます。
戦前と異なり、死産が減り、胎児が生きて出生する確率が高い今日では、胎児は数ヶ月後には生まれてくるという経験則を前提とした解除条件説のほうが優れていると言われています。
また2つの考え方の違いは、胎児が死亡したケースで、胎児が死産だったのか、それとも生きて生まれたがその後すぐに死亡してしまったのか、そのどちらかが不明な場合に決定的な差が生じます(出生とは母胎からの全部露出ですから、全部露出時点で死亡してたか否か、分娩中の死亡などの場合は判断が微妙です)。
停止条件説では、生きて生まれたか否かが不明なときは、条件が成就したことにならないので胎児はもともと相続人となりません。
逆に、解除条件説では、死産かどうかが不明であるため解除条件が成就したことにならず、相続の効力は失効せず、胎児は「相続してから死亡した」ということになります。
現在の最高裁にあたる戦前の大審院の判例は停止条件説を採用しています(大審院昭和7年10月6日判決・大審院民事判例集11巻2023頁)。
これにしたがえば、最終的に次の結論となります。
※ただし、この大審院判例は古いばかりでなく、相続に関するものではなく、胎児の損害賠償請求権に関するものなので(胎児が生まれたものとみなされるのは相続だけではなく、不法行為に基づく損害賠償請求についても同様です)、どれだけ先例としての価値があるかは疑問とされています。
このため法律学の議論では、上述のとおり未だに考え方が分かれますが、「胎児が生きて生まれるのを待ってから、遺産分割を行うことが無難」という部分に異論はありません。
本記事では、胎児も相続できることがわかりました。
しかし、我が子の顔を見ることができぬまま亡くなられた故人。
どんなにご無念だったことでしょうか。
故人のためにも、これから生まれてくる胎児にスムーズに遺産を引き継いでもらうべきでしょう。
無用な紛争が起きないよう、胎児の遺産相続は、法律専門家の弁護士に相談されることがおすすめです。