未成年者の相続放棄を親権者が代理できるケースとできないケース
相続放棄は、被相続人の財産よりも借金が多い場合などに、有効な手段となります。 相続放棄は、相続人が未成年の子の場合、…[続きを読む]
遺産分割は、もともと利益相反が問題となる性質を有しています。一人の相続人の遺産が増えれば、その分他の相続人の遺産は減ることになるからです。
通常は、相続人それぞれが納得して協議書を作成すれば済みます。しかし、親とその未成年の子供がいずれも相続人になっているときは、特別な手続きが必要になります。
この記事では、親子間の利益相反について、どのような手続きをすればいいのか、何が問題になる行為なのかについて解説します。
利益相反行為とは、一方にとって利益となり、同時に他方にとっては不利益となる行為のことです。
相続の場面では、主に親子間で利益相反になるケースがあります。
そこで、親族間で利益相反行為となるものを、いくつか具体的に考えてみましょう。
未成年の子供は、遺産分割や相続放棄といった法律行為を自分で完結させることができないため、親などの親権者が代理人として遺産分割協議などを行うことになります(民法5条1項)。
こうした場合に、原則として子の父母が健在で婚姻中であれば、父母が共同して親権を行います(民法818条3項)。
しかし、例えば、子の父が死亡すると母は子と共に父の相続人になり、母1人が親権者として子の相続を代理することになります。ここで、母の相続分が増えれば、子供の相続分は減ることになる「利益相反」の関係が生じます。母が子供の代理人になってしまえば、母が自分の利益を優先して、子供の代理人として子供の相続分を減らしてしまう危険があるのです。
事例1.「利益相反」とはこのように、外形上のことを指し、母がいくら子のために相続を考えたとしても、利益相反であることに変わりありません。
親などの親権者が、相続で複数の子供の代理人になるときも、やはり利益相反の問題が発生します(民法826条2項)。
例えば、夫を亡くした母親に育てられた3人の子が、父方の祖父を代襲相続し、相続人となった場合には、母は父方の祖父の相続人とはなりません。
しかし、相続人となる未成年の子は3人おり、それぞれが利益相反の関係にあるにも関わらず、代理人となる母親は1人しかいません。
事例2.
このような場合に、母は、利益相反の関係にある未成年者の子全員を代理することはできず、子1人の代理人となることしかできません。同時に母が子供3人の代理人に同時になってしまえば、母が自分の利益を優先して、子供の代理人として子供の相続分を減らしてしまう危険があるからです。
相続放棄をすると、最初からその相続については相続人でなかったものとみなされます(民法939条)。したがって、夫の相続について、妻が相続放棄をすれば、同じく夫の相続人である未成年を子の代理して、他の成人した子と遺産分割協議に参加しても利益相反とはなりません。
事例3.
ただし、この親権者に複数の未成年の子がいる場合に、複数の未成年者の子の代理をすると、1-2. と同様に、子供同士の利益が相反してしまいます。
なお、未成年者の相続放棄については、次の関連記事に詳しくご紹介しています。
相続税対策等のために孫が祖父母の養子となった場合にも、利益相反が問題となります。
例えば、未成年の子供が母方の祖父母の養子となり祖父が死亡した場合に、子とその母親は、祖父の共同相続人となります。このときの遺産分割については、母と子の利益相反が問題となります。
事例4.
このような利益相反行為が認められるケースでは、家庭裁判所に対し特別代理人の選任を申し立てる必要があります。
民法826条1項
親権を行う父又は母とその子との利益が相反する行為については、親権を行う者は、その子のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければならない。
ただし、子が成人した場合又は成年被後見人が能力を回復した場合に、これらの者が利益相反行為を追認したときは、その行為は有効となります。
なお、特別代理人の選任に関して詳しくは、次の関連記事を是非ご一読ください。
では、ご紹介した事例でどのように特別代理人を立てればよいのかを具体的に見ていきましょう。
事例1.では、利益相反となる子1人に特別代理人を立てれば事足ります。
これにより、特別代理人が未成年者の子の相続を、母は自分の相続を考えることができるようになり、代理人の考えにより相続人の遺産の多寡が左右されることがなくなります。
事例2.のように未成年者の子供同士の利益が相反する場合には、子1人につき特別代理人を1人付けることでこの関係を解消することができます。
しかし、事例2.では、母が子と利益相反関係にないため、未成年者の子1人を代理することができます。母は相続人ではないため、子1人を代理しても、そのことで代理した子の遺産の多寡が変わることがないからです。
事例4.のように、母方の祖父母の養子となった子は、母方の祖父が亡くなると相続人となりますが、父親は相続人とはなりません。したがって、父が子を代理して遺産分割を行っても利益相反にはなりません。一方で、母親は相続人となるため、実の子と利益相反の関係となってしまいます。
この場合には、母が健在であるため、代わりに特別代理人を選任し、父親と特別代理人の2人で子を代理することになります(昭和35年2月25日最高裁判所判決)。
父母子間と同様に、利益相反関係は、成年後見人と成年被後見人間でも起こり得ます。そこで、成年被後見人を保護するために、民法860条は、先の同法826条を準用して、成年後見人と成年被後見人間の利益相反行為を規制しています。
原則として、成年後見人と成年被後見人との利益相反については、父母子間の利益相反と同じ考え方を採用しているということになります。
ただし、成年後見監督人が就任している場合には、成年後見人と成年被後見人間の利益相反行為は規制されません。それは、成年後見監督人が、当該利益相反行為が成立する場合に、成年被後見人を代表する立場にあるからです。
民法851条
後見監督人の職務は、次のとおりとする。
(中略)
4号 後見人又はその代表する者と被後見人との利益が相反する行為について被後見人を代表すること
では、もし利益相反行為とは知らずに、特別代理人を選任せずに遺産分割協議をしてしまったらどうなるのでしょうか?
その場合には、遺産分割協議が「無権代理行為」となり、前述したように追認されなければ、無効として扱われることになります。
未成年が成年に達した時や、選任された特別代理人によって追認は可能になります。しかし、遺産分割協議は、相続人全員で行わなければならないため、追認されるまでは、遺産分割はなかったものとされてしまいます。
一旦遺言執行者が就任したとしても、遺言書や遺産について紛争がないとは限りません。
遺言執行者には弁護士が就任することも多く、そこで、紛争が起きた際に、遺言執行者となった弁護士が特定の相続人を代理できるのかが問題となることがあります。
遺言執行者への就任を黙認した弁護士が、遺言により遺産すべてを相続することになった相続人に対して、遺留分の侵害を請求する相続人の代理人となった事案について、平成15年4月24日の東京高等裁判所の裁判例が存在します。
判決が下される前に当該弁護士は、弁護士倫理に違反したとして日弁連によって戒告処分を受けており、裁判所に対して取消請求を求めた事案について裁判所は、次の通り請求を棄却しました。
残念ながら利益相反行為の判断には、高度の法律知識が必要となります。
具体的な事案の検討及び実行については、弁護士等の法律の専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。