相続放棄の疑問、葬式費用のために相続財産に手をつけたらどうなる?
相続放棄の前後に、被相続人の相続財産に手をつけてしまうと、通常、単純承認をしたものとみなされて相続放棄ができなくなってしまいます。
しかし、たとえば被相続人の逝去直後に必要となるお葬式代は、被相続人の預金口座から支払おうと考えている方も多いのではないでしょうか。
結論からいって、通常かかる葬儀代については、被相続人の相続財産から支払っても問題はないと考えられています。
本記事では、相続放棄したいと考えている場合であっても例外的に手をつけてよい相続財産について、「通常かかる葬儀代」とは何か、香典や仏壇・墓石の購入のための費用は含まれるかなどを解説します。
はじめに、原則から確認していきましょう。
目次
1.相続放棄するなら相続財産に手をつけてはいけない
相続放棄とは、相続人が相続権を放棄することです。
借金などの負債を相続しないために利用されることが多いですが、相続放棄をすると、資産(プラスの財産)も含めて、全ての財産を相続できなくなります。
相続放棄には、相続開始の事実を知ってから3ヶ月以内に、家庭裁判所で「相続放棄の申述」をしなくてはならないという手続きの期限があります。
大切なポイントは、相続放棄するなら、相続財産に手をつけてはいけないということです。
1-1.相続財産を使うと:「単純承認」になり相続放棄できない
相続財産に手をつけてしまうと、「単純承認」をしたとみなされます。
単純承認とは、無条件に被相続人の権利義務を受け継ぐと認めることで(民法920条)、一切の財産を相続することになります。
単純承認をすると、その後は限定承認(※)や、相続放棄をすることができなくなります。
したがって、相続放棄したいと考えている人は、被相続人の遺産に手をつけてしまわないように注意が必要なのです。
限定承認についてはこちらの記事をご覧ください。
単純承認したとみなされるとき
相続人が相続財産を処分したときに加え、熟考期間(3ヶ月)内に手続きを行わなかった場合にも単純承認したとみなされます(民法921条)。
また、相続放棄の手続きを行っても、悪質な隠匿行為などが発覚した場合には単純承認とされることもあります(同条)。
1-2.財産に手をつけても相続放棄できる場合|葬儀費用等
前述の通り、被相続人の相続財産に手をつけると原則的に単純承認とみなされ、相続放棄ができなくなります。
ただし、相続放棄をする人でも、例外的に受け取ってよいものや、あるいはその人が相続財産から支払ってよい支出先があります。
具体的には例えば以下のものが挙げられます。
- 死亡保険金
- 故人の身の回り品
- 換金価値のない形見分け
- 相続財産からの医療費の支払い
- 相続財産からの葬儀費用の支払い
上記の受け取りあるいは相続財産からの支払いは、単純承認とはみなされず、相続放棄できるのが一般的です。
ただし、個々の事情で異なる場合もあるため、判断に迷ったときは専門家にご相談ください。
また、相続財産から支払いをする場合は、単純承認とみなされることを避け、正当な支出であったことを後々証明できるように、領収書などを必ず保管しておきましょう。
以下では特に「葬儀費用」について詳しくみていきます。
2.支払っても相続放棄できる葬儀費用に含まれるもの
2-1.「通常の葬儀費用」は相続財産から支払ってよい
お葬式代・葬儀費用はそれなりのお金が必要なため、被相続人の預金から出そうとする方は多いと思います。
この葬儀費用の支払いについて、裁判例では原則として相続放棄に影響がないとされています。
葬式は社会的儀式としての必要性が高いことや、時期が予測できないうえ葬式に相当の費用がかかることなどを考慮し、もし相続人にお金がなく葬式をできないとなればむしろ非常識な結果になるため、葬儀費用を相続財産から支出しても単純承認にはあたらないと判断しています。
ただし、あまりにも高額な葬儀費用を相続財産から支出することは、社会的儀式として必要な範囲を超えているとして、相続放棄の申述が認められなくなる可能性もありますので、注意しましょう。
葬儀費用の支払いについて不安な場合は弁護士にご相談ください。
2-2.葬儀費用に含まれる/含まれないもの|火葬費用や埋葬料
葬儀費用を相続財産から支出しても、妥当な金額であれば、相続放棄には影響がないことはわかりました。
しかし、葬式自体以外にも、火葬費用や埋葬料、香典など、葬儀には多くの費用がかかりますよね。
相続放棄したい場合でも被相続人の遺産から出してよい葬儀費用として何が含まれるかについては、相続税法の基準をひとつの目安にすることができます。
葬儀費用に含まれると考えられるもの: 相続財産から支出しても相続放棄できる |
(1)死体の捜索費用・運搬費用 (2)遺体・遺骨の回送費用 (3)葬式費用・葬送費用 (4)お通夜などの費用 (5)読経料などのお礼に係る費用 |
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葬儀費用に含まれないと考えられるもの: 相続財産から支出すると相続放棄できない |
(1)香典返しのための費用 (2)墓石や墓地の買入・借入費用 (3)初七日や法事などの費用 |
相続税法の基準に則ると、上記のような結果になると考えられます。
ただし、あくまで相続税法の基準ですから、必ずしもそのまま相続放棄に適用されるわけではありません。
基本的に、火葬費用や埋葬料、通夜・葬式にかかる費用など、被相続人の死亡後直ちに行わなくてはならない必須のものに関しては、被相続人の預金から支出しても差し支えないと考えられます。
しかし、香典返しや墓石・仏壇の購入も、現代では必須といえるような気がします。
以下で補足説明をします。
3.香典返しや墓石・仏壇の購入はどうなる?
3-1.香典返しでも会葬御礼は葬儀費用になることも
「香典返し」の中でも、葬儀当日にお返しする会葬御礼は葬儀費用として該当する可能性がありますが、忌明けなどの香典返しは必須ではないため、相続財産から支出すると基本的に相続放棄できなくなります。
なお、香典返しではなく、相続人・喪主が参列者から香典を受け取った場合については、参列者からの贈与と考えられていますので、相続放棄についても心配しなくて大丈夫です。
3-2.墓石や仏壇を購入しても相続放棄できる?
相続税法上は「葬儀費用」に含まれない仏壇や墓石であっても、社会的に必要な範囲で墓石などを購入する場合には、単純承認にならない(相続放棄できる)可能性もあります。
2-1でご紹介した裁判例でも、次のように述べて相続放棄できる可能性があることを認めています。
仏壇がなければこれを購入して死者をまつり,墓地があっても墓石がない場合にこれを建立して死者を弔うことも我が国の通常の慣例であり,預貯金等の被相続人の財産が残された場合で,相続債務があることが分からない場合に,遺族がこれを利用することも自然な行動である。
購入した仏壇及び墓石は,いずれも社会的にみて不相当に高額のものとも断定できない上,(中略)貯金を解約し,その一部を仏壇及び墓石の購入費用の一部に充てた行為が,明白に法定単純承認たる「相続財産の処分」(民法921条1号)に当たるとは断定できない
なお、この裁判例の事案では相続放棄が認められましたが、仏壇や墓石がどの程度から不相当に高額・多額になるのかは明確ではありませんし、その他の事情も考慮されていますので、実際にどうなるかは個別事情によります。
4.まとめ
これまでみたように、必要な範囲での葬儀費用のために相続財産を処分する場合、処分後でも相続放棄をすることが可能です。その「範囲」の判断が難しく、個々のケースで判断しないと一概には言えないため、葬儀費用を相続財産から捻出しようとしている方は、一度弁護士に相談することをおすすめします。
特に被相続人の預金で仏壇や墓石を購入した場合、その後も相続放棄できる可能性もあるものの、場合によっては家庭裁判所に受理されない可能性もありますから、事前の検討が必要です。
なお、相続放棄の手続き方法や、その他の相続財産の扱いについてはこちらの記事を参考にしてください。