相続の場面では、亡くなった被相続人と同居していた配偶者が、自宅にそのまま住み続けられるかどうかは大きなポイントの一つ…[続きを読む]
配偶者居住権とは?要件やメリット・デメリットをわかりやすく解説
たとえば夫名義のマイホームに夫婦で住んでいるようなケースで、夫が先に亡くなってしまった場合、妻の側は引き続きその家に住み続けたいと考えるのが普通でしょう。
このような場合に利用できる制度として、「配偶者居住権」というものがあります。
配偶者居住権の新設により、遺産分割における選択肢が広がり、家庭の事情に合わせたより柔軟な相続が実現されることが期待されています。
配偶者居住権は、従来の所有権等とは異なる点が多くあるため、制度を正しく理解したうえで活用することが必要です。
この記事では、配偶者居住権についての概要と、メリット・デメリット、利用時に考慮すべきポイントなどについて解説します。
なお、同時に創設された「配偶者短期居住権」についてはこちらの記事で解説しています。
目次
1.配偶者居住権とは?
まずは、配偶者居住権がどのような権利であるのかについて、基本的な事項を理解しておきましょう。
1-1.被相続人名義のマイホームに住み続けられる権利
配偶者居住権とは、亡くなった被相続人名義となっている自宅建物に、配偶者が住み続けられる権利をいいます。
これまで長年住み続けていた自宅から、相続をきっかけとして配偶者が追い出されてしまうとすれば、不合理な事態が発生してしまいます。
そのため、従来から判例により、配偶者が自宅建物に住み続けられる権利を保障するような法解釈は行われてきました。
民法改正により新設された配偶者居住権は、このような配偶者の権利を明文で保障するとともに、遺産分割の際に使いやすい選択肢として整備されたものと言えます。
配偶者居住権が使えるのはいつから?
配偶者居住権は、2020年4月1日の改正民法施行で新設された制度です。
したがって、2020年4月1日以降に発生した相続で利用できます。
1-2.配偶者居住権はいつまで続く?
配偶者居住権は、原則として配偶者が亡くなるまで(終身)存続します(民法1030条本文)。
しかし、遺産分割協議・遺言・審判において期限を設定することは認められており、その場合には期限の範囲内で存続することになります(同条ただし書)。
2.配偶者居住権が認められる場合と要件
配偶者居住権を設定するための要件と、設定方法について見ていきましょう。
配偶者居住権の要件①|配偶者が被相続人の生前からその建物に住んでいること
配偶者居住権を設定するには、配偶者が「被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた」ことが必要です(民法1028条1項本文)。
配偶者居住権はあくまでも、被相続人の生前から配偶者が暮らしていた居住環境を維持することを目的としているため、上記の継続居住の要件が設けられています。
配偶者居住権の要件②|被相続人がその建物を第三者と共有していないこと
相続開始の時に、被相続人が、居住建物を配偶者以外の第三者と共有していた場合には、配偶者居住権を設定することはできません。
配偶者居住権が設定されると、配偶者以外の人が建物を利用したり、処分したりすることが難しくなります。
したがって、第三者の権利を保護するために、このような場合には配偶者居住権の設定が制限されているのです。
あくまで第三者との共有が問題なので、被相続人と配偶者の夫婦で共有していた場合は問題ありません。
配偶者居住権の要件③|配偶者居住権を設定する方法
配偶者居住権は、大きく分けて以下の3つのいずれかで設定される必要があります。
- 遺産分割協議・調停
- 遺言書(遺贈)
- 家庭裁判所の審判
遺産分割協議・調停
配偶者居住権は、相続人同士の遺産分割によって設定することができます(民法1028条1項1号)。
遺産分割協議はもちろん、調停でも設定できます(審判の場合は後述します)。
遺言書(遺贈)
配偶者居住権は、遺言によっても設定することができます(民法1028条1項2号)。
なお、遺言で配偶者居住権を設定する場合は、必ず「遺贈する」と記載しましょう。
一般的な遺言では「相続させる」と記載することが多く、両者は法的な意味も異なりますが、遺言書による配偶者居住権の設定は「遺贈」に限定されているからです。
家庭裁判所の審判
遺産分割協議や遺言による配偶者居住権の設定がない場合でも、次のいずれかに該当する場合には、家庭裁判所の審判により配偶者居住権が認められる場合があります(民法1029条)。
- 共同相続人の間で、配偶者が配偶者居住権を取得することについて合意が成立しているとき
- 配偶者から家庭裁判所に対して、配偶者居住権の取得を希望する旨の申し出があった場合で、居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお、配偶者の生活を維持するために特に必要があると認められるとき
配偶者居住権の設定がない場合、6か月の配偶者短期居住権が認められる
配偶者居住権が上記の方法により設定されなかった場合、配偶者居住権の要件を満たさないことになります。
しかし、相続をきっかけとして配偶者が住居をすぐに失ってしまうとすれば、配偶者にとって過酷な結果をもたらします。
そのため、相続開始時点で被相続人所有の建物に住んでいた配偶者には、配偶者居住権が設定されない場合であっても、6か月間限定の「配偶者短期居住権」が認められることになっています(民法1037条1項)。
3.配偶者居住権を活用するメリット
民法改正によって新たに設けられた配偶者居住権の制度ですが、活用することにはどのようなメリットがあるのでしょうか。
配偶者居住権のメリット①|遺産分割の選択肢が広がる
配偶者居住権の制度が設けられる以前は、配偶者が被相続人所有の建物に住み続ける方法は、建物の所有権を相続するか、他の相続人から使用借権の設定を受ける(使用貸借として借りる)かの2通りのみが想定されていました。
しかし、これらの方法は、次の項目で続けて解説するように
- 所有権を相続する場合は財産の金額が大きすぎる
- 使用借権の設定を受ける場合には権利が弱すぎる
という一長一短の状態でした。
配偶者居住権は、両者の中間的な権利として、遺産分割の選択肢を増やすことに貢献しているといえます。
配偶者居住権のメリット②|配偶者の生活資金を確保しやすい
多くの相続事例では、自宅の土地・建物が相続財産に占める割合が非常に大きいです。
このような場合に、配偶者が被相続人所有の建物の所有権を単独で相続してしまうと、相続財産があまり残らず、他の相続人との間で相続割合に偏りが生じてしまいます。
遺産分割協議の中で、他の相続人が納得するのであれば、それでも問題はありません。
しかし、相続人間で公平な相続を主張する声が強い場合には、
- 現預金を含めた他の財産をすべて他の相続人が相続する
- 配偶者から他の相続人に対して、遺産が足りない分について金銭による補償を行う
- 家を売却して金銭で分割する
などの解決が図られることもあります。
こうなると、配偶者は住生活資金を確保することが難しくるか、住む家を失うかのどちらかになってしまいます。
所有権を相続するのではなく、配偶者居住権の設定を受ける方法にすれば、他の相続人が家の所有権を相続し、配偶者は現預金などの他の財産を相続するなど、バランスを取りやすくなります。
特に婚姻期間20年以上の夫婦のケースで、遺言によって配偶者居住権を設定した場合には、被相続人の「持ち戻し免除」の意思が推定され、配偶者居住権が遺産分割の対象外となる点に特徴があります(民法1028条3項、903条4項)。
なお、持ち戻し免除についてはこちらの記事で解説しています。
配偶者居住権のメリット③|配偶者居住権は使用借権よりも強力な権利
また、配偶者居住権は使用借権(使用貸借)よりも強力な権利なので、配偶者の権利保護が手厚いというメリットもあります。
使用貸借では、所有者が第三者にその家を売り渡したりすると、自分が借りていることを第三者に主張できず、現実的に家に住めなくなってしまいます(「第三者に対抗できない」と言います)。
一方、配偶者居住権であれば、登記をすることによって第三者に対抗できるようになります(民法1031条2項)。
そのため、配偶者居住権の登記をしておけば、所有者が建物を第三者に譲渡した場合であっても、配偶者は第三者に対して建物に住み続ける権利を主張することが可能です。
4.配偶者居住権の注意点とデメリット
配偶者居住権は、配偶者の権利を必要十分な範囲で確保するという観点から非常に便利な制度です。
しかし、その一方で活用の際には注意すべきポイントもいくつかありますので、確認しておきましょう。
配偶者居住権の注意点①|売却や譲渡はできない
配偶者居住権には財産的な価値があるものの、民法上、配偶者居住権は譲渡などはできないものとされています(民法1032条2項)。
配偶者居住権はあくまでも、配偶者自身が以前から住んでいた自宅について、相続をきっかけに手放さなければならないという事態を防ぐという趣旨で設けられています。
そのため、配偶者から第三者に対して配偶者居住権を譲渡することは認められていません。
配偶者居住権の注意点②|所有者の許可なく第三者に使わせてはいけない
配偶者居住権が設定されている居住建物の所有権はあくまでも所有者にあるため、配偶者が勝手に無関係の第三者に居住建物を使用・収益させることはできません(民法1032条3項)。
自分が住まなくなるからといって、無断で賃貸物件にするといったことはできないということです。
もし、配偶者が勝手に第三者に居住建物を使用・収益させた場合には、所有者は配偶者に対して相当な期間を定めて是正の催告を行うことができます。
それでも是正がされない場合には、所有者が配偶者に対して意思表示をすることにより、配偶者居住権を消滅させることができます(民法1032条4項)。
配偶者居住権の注意点③|建物自体を譲渡することが難しくなる
配偶者居住権が設定されている建物は、配偶者以外の人が使用収益することが不可能になるか、または大きな制限を受けることになります。
そのため、配偶者居住権が設定されている建物の価値は大きく下落するほか、収益物件としても利用できないため、所有者から見れば建物の売却が難しいというデメリットがあります。
とはいえ、合意のうえで配偶者居住権を消滅させることはできるので、今後利用することがないような場合は、配偶者居住権を消滅させて、負担のない建物として売却することもできます。
配偶者居住権の注意点④|生前に別居していた場合などは配偶者居住権を設定できない
そもそも配偶者居住権を設定できるのは、配偶者が被相続人の生前から継続的に住んでいた建物に限られます。
そのため、たとえば生前の被相続人と別居していて、配偶者は賃貸マンションや実家などに身を寄せていたというケースでは、配偶者居住権の制度を利用することはできないので注意が必要です。
5.配偶者居住権と登記について
配偶者が配偶者居住権を取得した場合、居住建物の所有者は、配偶者に対して、配偶者居住権の設定登記を備えさせる義務を負います(民法1031条1項)。
また、配偶者居住権が登記された場合には、不動産賃借権と同様に、第三者に対して権利の存在を対抗(主張)することができます(民法1031条2項、605条)。
さらに、居住建物の占有を第三者が不当に妨害してきたり、第三者が居住建物を占有していたりする場合には、配偶者は当該第三者に対して、配偶者居住権に基づく妨害排除請求・返還請求を行うことが可能です(民法1031条2項、605条の4)。
6.配偶者居住権も相続税の対象になる
配偶者居住権は不動産賃借権と同様、設定後長期間にわたって建物を使用できるという利益を生む権利です。
そのため、配偶者居住権には一定の財産的価値があることになりますので、相続の際には相続税の課税対象となります。
配偶者居住権の財産的価値は、建物自体の価値に加えて、存続期間の長さで決まります。
配偶者居住権は、原則として配偶者の終身の権利であるため、配偶者が若ければ若いほど価値が高くなります。
一方、配偶者居住権に有効期限が設定された場合には、有効期限までの残存期間が長いほど、配偶者居住権の価値が高くなります。
なお、配偶者居住権を課税対象として評価する分、自宅は「配偶者居住権の負担付き」ということで相続税の評価額が下がります。
7.まとめ
配偶者居住権の新設により、配偶者が被相続人の死後も自宅に住み続ける権利が、より確固とした形で保障されることとなりました。
被相続人の配偶者を含めて遺産分割協議を行う際や、配偶者が生活に困らないように生前から遺言を残そうとする場合には、配偶者居住権の制度が利用できることも念頭に置いたうえで、ご家庭の事情に合わせたアレンジを行ってください。
配偶者居住権の制度についてわからないことがある、活用に興味があるという方は、ぜひ一度弁護士に相談されてみてはいかがでしょうか。