遺産分割とは?必要な手続と遺産分割協議で揉めないための基礎知識
この記事では、遺産分割をスムーズに進めるために知っておくべき遺産分割の基礎知識を解説します。これから遺産分割をされる…[続きを読む]
遺産中に「株」があるケースは珍しくありませんが、全ての方にとって株式が身近とは限りません。
株式と無縁だった方々もいるでしょう。
株式の相続は、預貯金や不動産とは違った手続きが要求されます。
また、遺産分割の前提となる価額の評価方法も不動産とは異なります。
この記事では、株式の相続手続きとして、株式の内容調査、価額の算定、遺産分割後の名義書換について説明し、最終的に相続した株式の売却方法についても解説します。
目次
株(株式)というのは、簡単に言えば企業の所有者としての権利(社員権)を細かくしたものです。
つまり、株主が、株式を発行した企業(株式会社)に対して有する「権利」なのです。
このように、株式も「権利」である点では、預貯金(銀行に対する預金債権)や不動産(不動産の所有権)など他の遺産と何ら変わりはありませんから、相続の対象となります。
遺産の中には、遺産分割が必要な財産と、これが不要な財産があります。
例えば、金銭債権は法定相続分の割合にしたがって当然に各共同相続人に分割されたと取り扱うので、遺産分割手続きは不要です。
しかし、株式はこれと異なり、複数の共同相続人がいるときは遺産分割協議で相続する者を決めなくてはならないとするのが判例です(最高裁平成26年2月25日判決)。
当事者の協議で決められないときは、家庭裁判所の遺産分割調停・遺産分割審判で決めることになります。
そこで以下では、株の相続で遺産分割する場合を中心に解説していきます。
なお、遺産分割の手続一般についてはこちらの記事をご覧ください。
まず、遺産となる株式の内容や数を調べて、はっきりさせる必要があります。
調査先は、株が非上場会社のものか、上場会社のものかで異なります。
調査から先の手続も異なることが多いため、遺産の株式が上場会社か非上場会社かは早めに確認しておきましょう。
この記事でも、非上場会社か上場会社か、該当する会社の手続きのみお読みいただければ大丈夫です。
上場されていない株式については、さらに、株券を発行していない会社(株券不発行会社)と株券を発行している会社(株券発行会社)の場合で違いがあります。
株券不発行会社の場合、株式の内容と数は会社の「株主名簿」に記録されていますから、会社に対して「株主名簿記載事項証明書」の発行を請求することが認められています(会社法122条)。
この場合、会社に対して、自己が法定相続人であることを証明する必要がありますから、被相続人の出生から死亡までの一連の戸籍謄本類、相続人自身の戸籍謄本など必要書類を提出することになります。
なお、法定相続情報証明制度に基づく法定相続情報一覧図を利用すると、手間を軽減することができます。但し、非上場会社の場合、法定相続情報一覧図だけで、相続人であることの証明として足りると扱ってくれない場合もあり、これは、その会社次第です。
法定相続情報証明制度については、こちらの記事もご覧下さい。
株券が発行されている会社で、株券が手元にあれば、その記載と枚数から、株式の内容と数を特定することが可能です。
ただ、全部の株券が揃っているのかなどは不明ですから、正確を期すためには、やはり会社の株主名簿の内容を調査するべきでしょう。
株券発行会社の株主には「株主名簿記載事項証明書」の発行請求権が認められていないので、会社に対して株主名簿の閲覧または謄写(コピー)を請求することになります。
ただし、この場合も、自己が法定相続人であることを証明する必要があることは株券不発行会社と同じです。
上場会社の場合、少し複雑なので、まずは仕組みからご説明します。
2009(平成21)年1月5日以降、上場会社はすべて株券不発行会社となり、「株式振替制度」が利用されています。
株券は電子化され、「株式会社証券保管振替機構」(通称「ほふり」)が取り扱うデータとなります。これを「振替株式」と呼びます(社債、株式等の振替に関する法律128条1項)。
株主は、次の2つのいずれかの方法で、振替株式のデータを記録してもらっています。
振替株式の譲渡は、口座の振替が行われなければ譲渡の効力は生じないとされているため(同法140条)、口座を通じて振替株式の売買等がなされ、記録される仕組みになっています。
以上のような仕組みになっていますから、被相続人の株式の内容・数を調査するには次の2つのいずれかを行うことになります。
具体的には、「ほふり」や証券会社などに電話・手紙で連絡をすれば、その会社の所定の申請書式と必要書類の一覧を郵送してくれますし、各機関のサイトから請求書式をダウンロードすることができます。
この場合も、自己が法定相続人の一人であることを証明する必要がありますが、「ほふり」や証券会社など口座管理機関では、通常は法定相続情報一覧図が使えます。
株式の内容と数が判明したら、次はその経済的価値を明らかにしなくてはなりません。
価値が分からなければ、その株式を誰が、どれだけ相続すれば、法定相続分や適切な配分となるのか不明ですし、そもそも相続する価値があるかどうかの判断もつかず、遺産分割できません。
株式のように、価額が変動する遺産の価値を評価するには、いつの時点の価額で評価するかが問題です。
この点については、
という、2段での評価を行うのが確立された実務です。
1の具体的相続分とは、特別受益や寄与分がある場合に、公平の見地から法定相続分を修正した相続分です。
具体的相続分を算定するための遺産の評価は、相続開始時点の価額で行います。
これは例えば、生前贈与された時点から相続時点までに価額が変動している場合、贈与時点の価額で算定したのでは、共同相続人間の公平が図れないからです(最高裁昭和51年3月18日判決)。
具体的相続分が決まった後に、どの遺産を誰がもらうかを決める段階では、相続開始時の価額ではなく、その時点での価額で評価します(札幌高裁昭和39年11月21日決定など)。
これは、遺産分割には期限がなく、最終的な分割が行われるまで長期間かかることは珍しくないので、その間に価格変動があっても共同相続人間の公平が図れるようにするためです。
評価時点はわかったとして、では、株式の価額は具体的にどのように算定するのでしょうか。
上場株式については、日々、証券取引所の株価が明らかですから、その時点で公表されている値段を採用すればよいだけです。
もっとも、相続開始時の株価はともかく、現実の分割時点の株価については事前(遺産分割案作成時)に知ることができません。
そこで、遺産分割調停や遺産分割審判では、最終の調停期日や審判期日に近い時点の価額に従うことを当事者間で合意してもらったうえで、その価格を採用して分割案を作成する方法が採られるケースが多いようです。
事案によっては(株価の変動が大きい場合など)、例えば3ヶ月間といった一定期間の平均価額を採用する旨を事前に合意してもらう場合もあるとされています(※)。
※『遺産分割事件の処理をめぐる諸問題』司法研修所編・法曹会 313頁
非上場株式は市場価格が形成されませんから、その価額の算定はなかなか難しく、紛糾しやすい部分です。
実務では、非上場株式の評価方法としては、株式買取請求(会社法786条)で用いられる算定方式が利用されますが、それもひとつの決まった方式があるわけではありません。
様々な評価方法がありますが、代表的なものだけ簡単にご紹介します。
①純資産方式 | 会社の総資産価額から負債等を控除した純資産価額を発行済株式数で割って評価する | ||
---|---|---|---|
②配当還元方式 | 将来支払われる配当金額を予測し、そこに投資のリスクを反映したものを基準として、これを発行済株式数で割って評価する | ||
③類似業種比準方式 | 会社と類似する業種の事業を営む上場会社の市場価格と、純資産額等の会計上の数値との比率を計算し、これを評価対象会社に当てはめて評価する | ||
④混合方式 | ①~③の方式を組み合わせて評価する | ||
⑤DCF法 | 会社が将来創出するであろう価値(キャッシュ・フロー)を予測し、そこから投資リスクを加味した割引率で割り引き、会社の負債額を差し引いて、最後に発行済株式数で割って評価する | ||
⑥財産評価基本通達の方式(*1) | 相続人が 同族株主 |
大会社(*2) | 類似業種比準方式又は純資産方式 |
中会社 | 類似業種比準方式と純資産方式を併用 | ||
小会社 | 純資産方式 | ||
上記以外 | 配当還元方式 |
※1:財産評価基本通達178~188
※2:ここで言う「大会社」等は、会社法上の分類(会社法2条6号)ではなく、財産評価基本通達における分類です。
遺産分割のための株式の価額評価については、次の2点をよく頭に入れておいてください。
第1に、遺産分割のための株式の価額の評価は、相続税の申告のための株式の価額評価とは必ずしも一致しません。
相続税申告のための評価は最終的に税額を算出するためのものですから、税務署を納得させられる価額である必要があります。
しかし、遺産分割のための株式の価額の評価は、あくまでも共同相続人等の当事者間の公平を図るためのものに過ぎませんから、当事者間で合意が得られる価額か、裁判所が当事者の公平という観点から裁量で適宜算定したものであれば足ります(税務署の目から見て公平となっているかどうかは別問題です)。
第2に、遺産分割のための株式の評価が上記のような目的で行われる以上、どのような算定方法であっても、それが不合理でない限りは問題にならないということです。
調停や審判では、裁判所は上の各算定方法の中から適宜の方法を選択して、当事者間の合意を勧告したり、最終的に審判で決定をしたりすることになります。
裁判所での価格算定は、基本的に裁判所の裁量とされています。
相続の事案ではありませんが、次のように最高裁が述べた判例があります。
最高裁平成27年3月26日決定
非上場株式の価格の算定については、様々な評価手法が存在するが、どのような場合にどの評価手法を用いるかについては、裁判所の合理的な裁量に委ねられていると解すべきである
株式買取請求では、他の株主との平等を図る必要があるので、客観的な評価を求められますが、遺産分割では当事者間の公平を図ればいいので、より裁量の範囲は広いと言えるでしょう。
もっとも、実際には、非上場株式の評価をすることは裁判所にも荷が重い作業なので、厳密な査定を希望する当事者は、公認会計士や税理士を鑑定人とした鑑定を申し立てることになります。
さて、遺産分割によって株式を相続する者が決まったら、株式の「名義書換」を行います。
上場株式は、株式振替制度によって、「ほふり」又は証券会社等の口座管理機関で、被相続人名義の口座におけるデータとして管理されています。
そこで、「ほふり」又は証券会社等の口座管理機関に対して、遺産分割の結果、当該株式を相続したことを伝えて、新たに相続人名義の口座を開設してもらったうえ、株式を相続人名義の口座に移してもらいます。
当該株式を相続した事実は、遺産分割協議書(又は遺産分割調停の調停調書、遺産分割審判の審判書と確定証明書)によって証明します。
株式の口座振り替えをしたことは、「ほふり」又は口座管理機関から、株式を発行した会社に通知されて、会社が株主名簿の名義を書き替えることになります。
非上場株式の場合は、株券発行の有無を問わず、会社に対して株主名簿上の名義書換を請求します。
この際、自分が遺産分割によって株式を相続した者であることを証明する必要がありますが、それは上場株式と同様で、遺産分割協議書(又は遺産分割調停の調停調書、遺産分割審判の審判書と確定証明書)によることになります。
遺産の中から、発行日が2009(平成21)年1月4日以前の株券が見つかった場合は、次のとおり注意が必要です。
まず、古い株券が上場株式の場合、その株券は無効であり、ただの紙切れです。
前述のとおり、2009(平成21)年1月5日から上場会社はすべて株券不発行会社となり、その日をもって、上場会社の発行していた株券は無効となったからです(※)。
※「社債、株式等の振替に関する法律」の附則(平成16年6月9日法律第88号)第6条1項、会社法218条第2項、同第1項2号
上場株式は、その株券(紙切れ)とは無関係に、振替株式として、口座管理機関等の口座においてデータとして管理されています。
上場会社の古い株券が出てきた場合は、口座がないか確認しましょう。
非上場会社の場合、その会社が株券発行会社であれば、その株券は有価証券として有効な株券です。
会社に請求して、株主名簿の内容を明らかにしてもらい、遺産分割を経て株式を相続した者から、会社に対して株主名簿の名義書換請求を行います。
会社が株券不発行会社であるときは、株券を発行すると定められていた定款を、後に株券不発行とする定款に変更したものと考えられます。
変更した定款が効力を発生した時点で、株券は無効なタダの紙切れとなります。
したがって、会社に対して株主名簿記載事項証明書の発行を請求して、株式の内容を明らかにし、遺産分割によって相続した後に、株主名簿の名義書換を請求します。
最後に、相続し、名義書換も済んた株式を処分して金銭に換える方法について若干説明します。
上場株式の売買は、証券会社を通じて市場(証券取引所)で買主を募って売却することが通常ですが、市場を通さず、株主が自分で買主を見つけて売却すること(市場外取引・相対取引)も可能です。
市場を通さない場合でも、売買は「ほふり」又は口座管理機関の口座の振替を通じなければ効力が生じませんから、市場外取引では、自己の口座を開設した機関に対して、譲渡による振替えを申請することになります。
株券発行会社の株券がある場合、株式の譲渡は、有価証券である株券の交付によって行われます(会社法128条1項)。
株券を占有する者は権利者と推定されますので(会社法131条1項)、株券を受け取った譲受人が株券を会社に呈示して、株主名簿の名義書換を請求できます(会社法133条1項)。
非上場の株券不発行会社の株式は、譲渡人と譲受人の合意だけで売買することができます。
しかし、譲受人は、株主名簿の名義を書き替えないと、会社及び第三者に対して株主としての権利を主張できません(会社法130条1項)。
そこで、譲受人としては名義書換が必要となりますが、会社に対する名義書換請求は、原則として譲渡人と譲受人が共同で、会社に対して株主名簿の名義書換を申請する必要があります(会社法133条1項、2項)。
非上場株式では、部外者・異分子等が会社の構成員となることを防止する観点から、定款で、株式の譲渡には会社の承認が必要と定めている場合がほとんどです。
これを「譲渡制限株式」と呼びます(会社法107条1項1号等)。
株式の相続それ自体は「譲渡」ではありませんから、これには会社の承認は不要です。
しかし、相続した株式を売却する際には、会社の承認が必要となります。
その際には、通常、譲渡人が会社に対して譲渡の承認を請求し、会社の取締役会又は株主総会が承認するか否かを決します(会社法136条、139条1項)。
譲渡人は、会社が承認しない場合には、会社又は会社が指定する者が株式を買い取ることを請求することが可能であり、これによって株式を換価することが可能となります(会社法138条)。
また、やはり異分子が会社の構成員となることを防止するため、株式の相続人に対して、会社の側から、株式を会社に売り渡すよう請求できることを定款で定めている場合もあります(会社法174条)。
日ごろ、株式が身近でない方が、株式の相続手続を自分で行うことは、負担が大きいことです。
株式を相続される方は、相続問題に強い弁護士に相談されることをお勧めします。