相続時の賃貸借契約はどうなる?貸主が死亡した場合の敷金・家賃
賃貸アパートや賃貸マンション、貸家の賃貸人に相続が発生すると、被相続人の「賃貸人としての地位」は、相続人に承継されるのでしょうか。賃貸借契約はどのように扱えばいいのでしょうか。
本記事では、貸主が死亡した場合に、賃貸人の地位は承継されるのか、再契約は必要なのか、敷金の取り扱いや家賃の支払いはどうなるのかなど、賃貸人の相続について細かいルールまで分かりやすく解説します。
賃貸人の相続により、賃料を誰に支払ったらわからないといった賃借人の方は、「4.賃借人の方向け:家賃は誰に支払うか」をご覧ください。
なお、類似の内容を動画でもわかりやすく解説しています。
目次
1.賃貸借契約(賃貸人の地位)は相続される
賃貸人としての地位は、被相続人の一身専属権ではないため、相続によって他の遺産と同様に相続人に承継されます。
簡単に言えば、大家が亡くなると、相続人が新たな大家になるのです。したがって、賃貸人となった相続人には、賃料を請求できる権利と共に、賃貸アパートや賃貸マンションを賃借人に使用収益させる義務も発生します。
相続人が複数いる場合には、その不動産を相続した相続人が賃貸人としての地位を承継します。相続人が賃貸人としての地位を承継するのに、賃借人の同意といった要件は一切不要です(最判昭和46年4月23日)。
このことは、賃貸借契約の対象が土地か建物か、動産かによって変わることはありません。
1-2.賃貸人に相続人が複数いる場合
相続人が一人であれば、その相続人が不動産と共にそのまま被相続人の「賃貸人としての地位」を相続します。
では、亡くなった賃貸人に相続人が複数いる場合には、「賃貸人としての地位は」どのように承継するのでしょうか?
遺産分割協議前は賃貸人の地位を相続人が共有する
賃貸人に相続人が複数いると、賃貸アパートや賃貸マンションなどの不動産と共に遺産分割が終わるまで、相続人全員が共有して賃貸人としての地位を相続することになります(民法898条)。
それぞれの相続人は、賃貸人としての地位を、法定相続分に応じて共有することになります(民法899条)。
遺産分割協議後は不動産を取得した相続人が単独で賃貸人となる
被相続人の遺言書がなければ、遺産分割によって誰が不動産を相続するかを確定し、遺産分割協議後、不動産を取得した相続人が、賃貸人としての地位を承継します。
ここまでは、「賃貸人の地位」の扱いは通常の相続財産と同様です。
1-3.新賃貸人が賃料を受け取るには不動産の名義変更
ただし、遺産分割協議によって不動産を取得し、新たな賃貸人となった相続人が賃借人に賃料を請求するためには、不動産の登記名義の変更をしなければなりません。
民法605条の2第3項
第一項又は前項後段の規定による賃貸人たる地位の移転は、賃貸物である不動産について所有権の移転の登記をしなければ、賃借人に対抗することができない。
民法改正前の最高裁判所にも、「賃貸人は登記を経由しなければ、賃借人に対抗できない」とした判例があり(最判昭和49年3月19日)、賃料を請求する賃貸人には、登記が不可欠です。
相続登記は相続人のみでできる単独申請であり、登録免許税は、不動産の固定資産税価格の1000分の4となります。
2.再契約は不要だが覚書を作成するとよい
では、新たな貸主となった相続人と借主とで賃貸借契約を再び締結する必要はあるでしょうか。
2-1.賃貸人の相続に再契約は不要
相続により賃貸人が交代しても、法律的には、再契約の必要はありません。
前述の通り、賃貸人としての地位は当然に相続人に承継されます。したがって、契約の内容はそのまま相続人に引き継がれ、新たに賃貸借契約を結ばずとも、有効に賃貸借契約が存続するのです。
ただし、契約書に記載してある氏名が実際の賃貸人と異なると、不都合もあります。
時が経つにつれて、新しい賃貸人と賃借人の間で、本当に有効に契約が成立しているのか、曖昧になってしまうおそれがあります。
そのため、相続が発生したら、相互確認の意味でも、新たな貸主と借主で覚書を交わしておくといいでしょう。
2-2.覚書の雛形について
覚書の雛形は、次のようなものになります。
賃貸人変更の覚書は、新賃貸人と賃借人とが署名のうえ捺印をし、それぞれ保有しておくようにします。
3.相続開始後の賃料(家賃)について
次に、相続開始からの賃料の扱いについてご説明しましょう。
3-1.賃借人に「賃貸人変更通知書」の送付
賃貸人であった被相続人の相続開始により、家賃の受け取りに利用していた被相続人の口座は凍結されてしまいます。
そのため、賃貸人が亡くなった時点で、相続人は相続開始後すぐに以下の2点を、賃借人に通知する必要があります。
- 相続により賃貸人が変更されること
- 家賃の振込先が変更されること
そこで、この2点を通知するために、賃借人に「賃貸人変更通知書」を送付するのが一般的です。
3-2.相続開始から遺産分割協議終了までの賃料について
相続開始後、遺産分割協議後が終わるまで、賃貸人としての地位は、相続人全員が承継します。
そこで問題となるのが、この期間の賃料を誰が受け取るのかということです。この点については、最高裁判所に次のような判例があります。
最高裁判所平成17年9月8日判決
遺産は,相続人が数人あるときは,相続開始から遺産分割までの間,共同相続人の共有に属するものであるから,この間に遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる金銭債権たる賃料債権は,遺産とは別個の財産というべきであって,各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するものと解するのが相当である。
したがって、原則として、賃貸物件を相続する人が決まるまでの賃料は未払いのものも含めて、相続人全員がそれぞれの法定相続分に応じた分割債権として確定的に取得することになります。
しかし、賃借人が各相続人ごとに賃料を分割して支払うのは現実的ではありません。
そのため、通常、この期間の賃料は、相続人全員を代表した相続人の一人の口座にまとめて振り込んでもらい、遺産分割協議で他の遺産と共に分配します。
遺産分割が完了して賃貸人が決まった後は、当然、家賃は新しい賃貸人(相続人)が受け取ることになります。
4.敷金の取扱い|新しい賃貸人が返還する
最後に、相続によって新しい賃貸人になった場合には、前の賃貸人である被相続人が受け取っていた敷金の取り扱いについてご説明します。
敷金とは、賃貸借契約を結ぶ際に、貸主が借主から事前に徴収する担保としてのお金で、家賃の滞納や、修繕が必要な家の損傷があったときに、その費用に充てられます。
契約期間が満了し、賃借人が退去する際には、賃貸人は敷金から諸々を清算したうえで、残った額を返還しなくてはなりません(「敷金返還債務」といいます)。
賃貸人が死亡したら、この敷金返還債務も新たな賃貸人である相続人に承継されます。
つまり、賃借不動産を相続した相続人は、賃貸人としての地位を相続する一方、敷金返還債務も負い、賃貸借契約が終了した際には賃借人に対して敷金を返還しなければなりません(最判昭和44年7月17日)。
5.賃借人の方向け:家賃は誰に支払うか
前述した通り、相続の発生によって賃貸人の地位が移転すると、相続人からの「賃貸人変更通知」により新たな振込先が告げられます。
それまでと同じ額の家賃を、それまで通りの期日に、通知書で告げられた新たな振込先に振り込むことになります。
5-1.新しい賃貸人が不明な場合の家賃
しかし、通知が来ないため、新たな賃貸人誰なのか、あるいは新しい振込先が分からないというケースがあるかもしれません。
このような場合であっても、賃借人が家賃を支払わなければ賃料不払いになってしまい、賃貸借を解除されてしまう可能性もあります。
相続による新しい賃貸人が誰かがわからない場合には、賃料を供託することができます。
供託とは、家賃などの支払先がわからない場合に、法務局に賃料相当額を積み立てる手続きのことです。供託をすると、賃料を相手に対して支払ったことになり、賃料支払い義務を果たしたことになるので、賃料不払いにはならず、後に賃貸借契約を解除されてしまうおそれもなくなります。
賃料の供託は、法務局に行って必要な書類を記載してお金を支払えば、手続きができます。
供託金は、後に賃貸人(相続人)が明らかになった場合や、確定した場合に、賃貸人が真の権利者であることを示して受け取ることができます。
5-2.遺産分割協議後の家賃の支払い
遺産分割協議後の家賃は、遺産分割協議で確定した新たな賃貸人に支払います。
しかし、遺産分割協議が揉めた場合などには、新たな賃貸人と称する相続人が現れないとは限りません。その場合は、遺産分割協議書や遺言書などの提出を求めてみるといいでしょう。
6.まとめ
本記事でご説明したように、賃貸人が亡くなっても、賃貸人の地位は相続人に承継されることから、再契約をする必要はありません。
ただし、借主と新たな貸主との間で、契約内容の認識に齟齬が生じることを防ぐためにも、覚書を作成するといいでしょう。
また、賃貸人の地位の移転と同時に、敷金を賃借人に返還する義務や、家賃を徴収する権利も、相続人に承継されるので、「賃貸人を相続したが、遺産分割でもめてしまい、新しい賃貸人が決まらない」という場合には、賃借人の方から、敷金の返還についてや、家賃の支払い先についてのクレームが来る可能性もあります。
分からないことや困ったことがあったら、弁護士にご相談されてみることをおすすめします。