法定単純承認とは?相続放棄で気を付けたい財産処分の具体例

相続が発生したものの、借金などの負の遺産が多く、「相続放棄したい」と考える人は少なくありません。
ただ相続放棄をするにしても、手続をするまでに色々な金品のやりとりが発生します。例えば「お葬式の費用/墓石代の支払い」、「形見分け」で遺品の整理・移動をしたり、生命保険があるときは「死亡保険金の受取」なども発生します。
そんなとき、相続放棄したい方からすれば、『あれ?これってやっていいことなの?』と、少し不安になることもあるでしょう。
そんな方に知って欲しいのが、「法定単純承認」という言葉です。
この記事では、法定単純承認について、丁寧に解説します。
目次
1.法定単純承認とは
法定単純承認の説明の前に、相続の3つの選択肢をおさらいしておきましょう。
相続には、「単純承認」「限定承認」「相続放棄」の3つの選択肢があります。
単純承認は、無限定に被相続人の権利義務を承継することです。
限定承認は、「相続によって得た相続財産の限度で、被相続人の債務等を弁済すること」を留保して、相続の承認をすることです。
相続放棄は、すべての相続財産を放棄する(=相続しないこととする)ことです。
これらのうち、限定承認と相続放棄は、家庭裁判所に対する意思表示(申述)をすることで、選択することができます。
では単純承認はどうなのかというと、法律の要件を満たした場合、その相続人は単純承認をしたものとみなす(≒そのように扱う)、と法律に定められています。
この規定を、「法定単純承認」と言います。
2.法定単純承認の条文
法定単純に関する民法の条文は以下のようになっています。
説明の都合上、順不同で説明します
次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第602条 に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
二 相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
三 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。
限定承認や相続放棄をしなかった場合|921条2号
先に2番目のものから説明します。
限定承認や、相続放棄には「3カ月」という申述期限があるのですが、その期限内に限定承認も相続放棄もしなかった場合には、単純承認をしたものとみなされます。
何もせず、黙っていたら単純承認をされるということで、これは分かりやすい規定です。
相続財産の処分をした場合|921条1号
注意すべき条文はコレです。
相続財産を一部でも「処分」してしまったら、単純承認したものとみなされます。
「処分」という行為は、その物の所有者でないと出来ない行為なので、
処分した (ということは…)
その財産は自分のものだと言っている (ということは…)
その財産を相続すると言っている
という論理です。
法律の条文など知らない一般人からすれば「イヤイヤそんなつもりはなかったんです!」と言いたくなるところですが、規定がある以上はどうしようもありません。
そのため、「処分」とみなされるような行為をしない、ということが重要になります。
何が「処分」に当たるのかは、具体例を交えて後ほど確認します。
相続財産の隠匿等をした場合|921条3号
こちらも少し注意が必要です。
相続財産を隠したり、相続放棄などの手続き時に財産目録を作成するにあたり、意図的に一部の財産を目録に書かなかった場合なども、法定単純承認とみなされます。
こうした、いわゆる「財産かくし」は、相続財産に対する権利者にとっての「背信的行為」であり、許されません。そのため、一種の制裁的措置として、単純承認とみなされます。
特に注意が必要なのは「処分」と「隠匿」
以上が、法定単純に関する条文の規定と説明です。
とくに注意すべきなのは1号の「相続財産の全部または一部を処分したとき」と、3号の「相続財産の隠匿をしたとき」です。
典型的には、車やマンションなどの価値あるものを売却して現金を得る行為などがありますが、こうした行為は「どうせやらないから問題ない」というケースが多いでしょう。
問題は、冒頭であげたような「お葬式の費用」「墓石の代金」などです。これらは、被相続人の死亡に伴って(少なくとも相続人にとっては)唐突に支払いを迫られるものであり、払わないわけにはいきません。
また、「形見分け」などで遺品を外部に持ち出す行為も、ものによっては債権者から「財産隠し」と言われてしまうかもしれません。
生命保険金も、それ自体巨額な財産なこともあり、「受け取ってはいけないもの」のようにも見えます。
そこで、こうした「処分行為にあたるかどうか、気になるもの」を特にピックアップして解説します。
3.具体例の検討|法定単純承認になる場合、ならない場合
葬儀費用、墓石・仏壇の購入費用
これらは、基本的に法定単純承認にあたりません。相続の開始に伴って、社会通念上、ほぼ必然的に発生する費用だからです。
もっとも、葬儀に乗じて不相当な財産処分もする人も、中にはいます。そこで裁判所の判断などでも「社会的にみて不相当に高額なものでないため…」などといった注意書きはされています(大阪高等裁判所平成14年7月3日決定)。
遺品の形見分け
なくなった方の形見として、あるいは思い出の品として、多くの方が、被相続人の持ち物を死後に保有・利用します。こうした「形見分け」についても、基本的には単純承認とはみなされません。
ただ、遺品と一口に言っても、その財産的価値は様々です。日記や写真などであればそれほど問題にはなりませんが、ブランドものの衣料品や、高級腕時計などは、それ自体財産価値があります。こうしたものを「形見分け」と称して譲り受ける場合、問題になる場合も当然にあります。
裁判例でも、「(毛皮の衣類などを含む)遺品のほとんどすべてを持ち帰る行為」を形見分けを超える行為として、隠匿に当たるとした事例があります(東京地方裁判所平成12年3月21日判決)。
死亡保険金の受取
誤解が多いところですが、保険金は被保険者(保険料を払っている人)のものではなく、「受取人」のものです。
例えば、旦那さんが生命保険に入っていて、死亡保険金の受取人が奥さんになっている場合、相続によって保険金が旦那さんから奥さんに移動するわけではなく、保険契約に基づく固有の権利として最初から奥さんが取得するものになっています。
そのため、受取人が「相続人」とされているケースでは、死亡保険金を受け取ったとしても、基本的には問題になりません。
他方、受取人が「被相続人」とされているケースでは、死亡保険金が相続財産となるので、相続放棄をする場合には受け取るべきでないものとなります。
このように、生命保険金の受け取りについては契約内容にもよる部分があります。ここは安易に素人判断せず、念のため法律の専門家にチェックしてもらってから受け取り手続きをしたほうが安全でしょう。
4.相続放棄を予定している場合、早めに弁護士に相談を
以上、相続発生時によくある金品の移動を例に、法定単純承認を説明してきました。
元から「単純承認をしても構わない」と考えている場合は問題ありませんが、相続放棄を検討している場合、何をすると法定単純承認に当たるかを把握しておいたほうが無難です。
もっとも、生命保険の項目で説明した通り、契約内容などによっても変わるため、一概に言えない点も少なくありません。
そのため、相続放棄を検討している方は、早めに相続問題に詳しい弁護士に相談したほうがよいでしょう。