相続放棄とは~手続と費用・デメリットなどを解説!
相続が起こったとき、資産がプラスになることだけではありません。被相続人が借金などの負債を残して亡くなった場合には、相…[続きを読む]
相続放棄したはずなのに、親の借金の請求が来てしまった! なぜ?
実は、ちゃんと相続放棄できていないかもしれません。「相続放棄」と「財産放棄」の違いについて、解説します。
目次
ある家で、母親が亡くなって、長男と次男が相続することになりました。
財産は自宅しかないため、次男は、「相続を放棄してお兄ちゃんに全部譲るよ」と言ったのです。そして、長男が自宅を相続し、次男は何も相続しませんでした。ところが、しばらく経ってから、突然、次男のもとに、借金返済の督促状が届きました。なんと、母親に借金があったのです。次男は「相続を放棄したのに、なんで督促状が来るの?」と頭を抱えました。
実は、次男がしたのは、相続放棄ではなく、財産放棄だったのです。
財産放棄は、相続人同士の話し合いで決まります。話し合ったことを、遺産分割協議書に書くだけで大丈夫で、特別な手続きは必要ありません。
ただし、プラスの財産は放棄できますが、借金や債務などの、マイナスの財産は放棄できません。被相続人の借金を相続してしまい、借金を返済する義務を負ってしまいます。
※厳密にいうと「財産放棄」は「相続分放棄」に当たります。詳細については、後述の「放棄の比較」をご覧ください。
一方、相続放棄は、家庭裁判所で手続きをします。こちらは、法的な手続きです。プラスの財産も、借金などのマイナスの財産も放棄できます。
ただし、相続開始、被相続人の死亡を知った時から3ヶ月以内に手続きが必要です。それを過ぎてしまうと、相続放棄はできません。
さきほどは、次男は財産放棄をしただけで、相続放棄はできていませんので、借金も相続することになります。
ここで、いくら相続したかは関係なく、借金は法定相続分で引き継ぎます。
相続人は長男と次男だけで、それぞれの法定相続分は2分の1ですので、半分ずつ、借金を背負います。もし、母親の借金の金額が100万円なら、長男も次男も、それぞれ50万円ずつ返済義務を負います。
それでは、相続開始を知って3ヶ月を過ぎてから、借金が見つかった場合はどうなるのでしょうか?
この場合、原則、相続放棄できません。ただし、特別な条件があれば、相続放棄できます。
相続財産がまったくないと信じていて、かつ、そう信じることに合理的な理由がある場合、借金があることを知ってから、3ヶ月以内であれば相続放棄できます。ただ、これはかなり厳しい条件です。もし、母親と一緒に住んでいるか、別居でも、よく会っていたなら、なぜ財産があるかどうかを調べなかったのか、疑われてしまうでしょう。
そこで、後から借金が発覚することのないように、被相続人が亡くなったら、きちんと財産調査を行いましょう。
信用情報機関に対する照会をすれば、金融機関からの借入や、カードローンなどがわかります。
被相続人の書類や郵便物を調べれば、借用書が見つかるかもしれません。
預貯金口座の取引履歴を調べて、定期的に振り込んでいるところがあれば、借金の返済の可能性もあります。
さきほどのケースで、次男が相続放棄をすると、長男は次男の分も返済義務を負うことになります。これを免れるには、長男も相続放棄が必要になります。
ここで、相続放棄の注意点があります。長男も次男も相続放棄をすると、最初から相続人でなかったことになります。すると、次の順番の人が相続します。
子供の次は親です。ここでは、母親の親に当たる祖父母ですが、すでに亡くなっています。親の次は兄弟です。しかし、妹もすでに亡くなっていますので、その子が代襲相続します。被相続人からみると、姪に当たる人です。つまり、姪が、この母親の借金を背負うことになるのです。借金を背負いたくなければ、姪も、相続放棄が必要です。
もし、姪が、借金のことを知らずにいて、相続放棄が可能な3ヶ月を過ぎてしまったら、相続放棄できなくなってしまいます。そうしたら、きっと、姪から責められることでしょう。そんなことにならないように、相続放棄をしたら、次の順番で相続人になる人に、借金を引き継ぐことと、それが嫌であれば相続放棄が必要なことを、知らせてあげましょう。
ここまで、「相続放棄」と「財産放棄」について説明しましたが、遺産相続では、他の「放棄」が登場することもあります。
それぞれの用語の重要度と概要を表にしました。
①相続放棄 | ②相続分放棄 | ③財産放棄 | ④遺産放棄 |
---|---|---|---|
最重要 | 重要 | 低 | 誤用 |
プラスの財産もマイナスの財産も全て相続しないための制度(3ヶ月以内の制限あり) | プラスの財産のみを放棄すること(期間の制限なし) | 一般用語で、制度ではなく、特定の意味はない | 他の用語と混同されている可能性が高く、制度としても存在しない |
ここからは、それぞれの「放棄」について、もっと厳密に知りたい人向けに解説していきます。
相続放棄、相続分放棄、財産放棄、遺産放棄という4つの中で、「相続放棄」だけが特殊な制度で、もっとも重要です。
そもそも相続は、プラスの財産だけでなくマイナスの財産(借金などの債務)も引き継ぐ制度であり、借金だけを相続しないということは許されません。
債務を相続すれば、遺産からだけでなく、相続人自身の財産で支払う義務を負うことになります(民法920条)。
そして、基本的に、債務の相続を免れるには「相続放棄」しかありません。
相続放棄をすると、当初から相続人ではなかった取扱いとなり、プラスの財産を相続できない代わりに債務も相続しなくて済みます(939条)。
借金(債務)を相続したくなければ、相続放棄しかありません。
次に、言葉が似ている「相続分放棄」は「相続放棄」と誤解されがちですが、別の意味があります。
とは言え、相続分放棄は法律上の制度ではなく、実務上のものです。
「面倒な相続には関わりたくない」といった相続人のためにあります。
簡単に言えば、相続分放棄とは遺産に対する自分の取り分(割合)を放棄することです。
基本的には形式的な決まりもなく、遺産分割協議では「相続分を放棄する」旨を伝えれば足ります。
しかし、遺産分割調停・審判で相続分放棄するときには、「相続分放棄書(相続分放棄届出書)」という書類に記入して提出する必要があります。
最初のほうで説明した「財産放棄」は厳密には、「相続分放棄」に当たります。
相続放棄では、相続財産(プラスのもの)も債務(借金などマイナスのもの)も全て放棄します。
一方、相続分放棄は相続財産のみの放棄です。借金を放棄することはできず、債権者から請求された場合、支払いを拒むことはできません。
相続放棄の場合、3ヶ月という期間制限があります。
しかし、相続分放棄には期間制限はなく、いつでも行うことができます。
相続放棄は、家庭裁判所への申述が必要です。書類に記入し、戸籍等も集めて提出します。
他方、相続分放棄は基本的には方式の決まりはありません。相手方に伝えるだけでも大丈夫です。
ただ先ほども述べたとおり遺産分割調停・審判での相続分放棄に限り、「相続分放棄書」の提出が必要です。
なお、調停で相続分放棄書を提出すると、家庭裁判所から排除決定というものがされ、遺産分割に関わる必要はなくなります(家事事件手続法258条1項、43条1項)。
相続放棄をすると「最初から相続人ではなかった」ものとして扱われるため、原則として他の相続人が法定相続分のとおり相続します。
しかし相続分放棄をした場合には、その放棄した分を残った相続人がそれぞれの割合で相続します。
例えば、夫が遺産3,000万円を遺して亡くなり、妻と子供A,Bの2人が相続人になったとしましょう。
通常であれば、相続分は妻1/2、子供Aが1/4、子供Bも1/4です。
このとき、子供Bが相続放棄したとすると、妻と子供Aの相続分はそれぞれ1/2で1,500万ずつです。
子供Bが相続分放棄をすると、妻と子供Aが、子供Bの相続分を元の割合で取得し(1:2)、妻が2,000万、子供Aが1,000万ということになります。
ただし、調停や審判では裁判所の判断等で異なる計算がされることもあります。
「相続分放棄」はいつでも簡単にできますが借金は放棄できません。
なお、相続分放棄と似たもので「相続分譲渡」というものもあります。気になる方は下記記事をお読みください。
財産放棄も遺産放棄も、制度として存在するものではありません。
そのため、定義や内容が確定しているわけではなく、専門家の実務上では基本的には使いません。
ただ、専門家でない人の間では、「相続分放棄」の意味合いで使われることが多いようです。
財産放棄には、いくつかの意味合いが考えられます。
「財産放棄」という言葉は、プラスの財産の放棄全般を広く指す言葉として用いられることが多いと思います。
これは放棄する財産が、不動産か、それ以外の物(動産)か、誰かに対する権利(債権)かによって異なります。さらに、自分一人で所有しているか、複数人の共同で所有しているかによっても異なります。
単独所有 | 共同所有 | |
---|---|---|
不動産以外の物(動産) | 日常のゴミ捨てや粗大ゴミ排出と同じで自由にできる(自治体のルールに従う)。 | 2人以上で所有している場合「共有持分権」というものがあり、放棄や譲渡ができる。 |
不動産 | 放棄できない(ただし、放棄できるようにする法改正が検討されている)。 | 動産と同様に放棄できる。ただし全員の放棄は単独での放棄と同じで認められない。 |
誰かに対する権利(債権) | 自由に放棄できる。法律上は免除と言う(民法519条)。内容証明郵便などで証拠を残すのが望ましい。 |
「財産」に、マイナスの財産(借金などの債務)も含めて考えると、「債務の放棄」はできるのかがまず問題です。
当たり前の話ですが、債務の放棄はできません。もちろん、債権者の承諾があれば債務を負担しなくて済みますが、これは「債務の放棄」というよりは、債権者による「債権の放棄」です。
最後に遺産放棄です。
繰り返しになりますが、「遺産放棄」は法律用語ではありませんし、このような制度もありません。
そのため、この言葉は様々な意味に使われる可能性があるので、どのような意味で用いられているのか、文脈をよく吟味する必要があります。
例えば、以下のような意味で使われる可能性があります。
「遺産を引き継ぎたくない」のが、「故人に債務があったから」と理由なら相続放棄です。
「債務があろうとなかろうと、遺産は全部ほしくないから」というときも相続放棄でいいでしょう。
相続したうえで「相続分の放棄」をする、遺産分割協議で何ももらわない内容で合意することもできますが、相続放棄が一番簡単でお勧めです。もしかしたら債務があるのではないかという心配もいらなくなります。
「遺産の中に、欲しいものと欲しくないものがある」というとき、共同相続であれば、相続したうえで遺産分割協議で欲しいものだけ要求することになります。
単独相続であれば、欲しくないものは動産なら処分し、債権なら免除します。
ただし、単独相続した不動産の放棄は現時点では許されませんから、この点は十分に注意する必要があります。
利用価値のない不動産を漫然と相続してしまうと維持費や固定資産税の負担で、債務を相続したのと同じ結果になってしまいます。
遺産の相続を放棄するには、「相続放棄」という法的な制度がありますが、家庭裁判所で手続きが必要です。
被相続人に借金(債務)がないことがはっきりとわかっていれば、「相続分放棄」をすることも考えられます。
どんな場合に、どのような放棄をするべきか、お悩みの方は、相続に強い弁護士にご相談されることをお勧めします。
※冒頭で説明した内容はこちらの動画でも解説しています。